抄録
【はじめに、目的】 これまで野球においては動作解析や身体機能に関する研究が多く行われており、その対象は主に高い競技レベルの選手や成長期における高い練習頻度の選手である。しかし高校生期までに高頻度で練習を行い、大学生期に練習頻度が低下した野球選手も多く、そのような選手を対象にし、傷害予防や競技力向上を目的とした研究は多見しない。我々は高校時と比較し大学時に練習頻度が低下した野球選手の身体機能が1年間でどのように変化するのかを明らかにし、傷害予防、競技力向上の一助とすることを目的に研究を行った。【方法】 東都5部リーグ所属の大学準硬式野球部員13名(20.5±0.5歳)を対象に、身体機能評価、アンケート調査を行った。全員が高校時野球部に所属し、週6日以上活動していた者であり、現在は練習を週平均1.5日行っている。身体機能評価は形態測定として体重、体脂肪率、各身体部位の体重当たりの骨格筋量を、筋力測定として膝関節伸展・屈曲(角速度60、180DEG/SEC)、肩関節90°外転位での外旋・内旋(角速度180、300DEG/SEC)、を測定した。また、関節可動域として肩関節90°外転位での外旋・内旋、股関節屈曲・外転・内旋、胸腰部回旋角度、指椎間距離(上下)について測定した。統計処理は2010年、2011年の身体機能評価項目を対応のあるt検定を用いて比較し、有意水準は5%未満とした。アンケート調査は大学時の練習メニュー、高校時のストレッチ実施状況、高校時と比較したストレッチの量の変化を調査した。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者には口頭及び文章にて研究の概要、方法等を説明し、研究の主旨に同意を得られた者に対し実施した。【結果】 1年間で形態に有意差は認めなかった。筋力は右肩関節外旋筋力において180DEG/SECで2010年21.6±7.2%、2011年25.7±4.5%、300DEG/SECで2010年23.4±5.1%、2011年28.1±4.8%でありいずれも有意な増加を認めた(p<0.05)。関節可動域で股関節内旋可動域において右2010年48.5±10.4°、2011年41.0±7.9°、左2010年50.0±10.5°、2011年41.2±9.8°といずれも有意な減少を認めた(右p<0.05,左p<0.05)。胸腰部回旋において右回旋で2010年46.5±9.0°、2011年32.3±9.0°、左回旋で2010年46.2±10.4°、2011年33.3±11.2°といずれも有意な減少を認めた(右p<0.001,左p<0.01)。指椎間距離(上)で右2010年8.8±1.5cm、2011年7.3±2.0cm、左2010年9.4±1.8cm、2011年7.9±3.2cmであり有意な減少を認めた(p<0.05)。アンケート調査において大学時の練習メニューはアップ、キャッチボール、トスバッティング、フリーバッティング、ノックが基本であった。ストレッチは全員が高校時にストレッチを行っており、現在ストレッチの量が減少した者は11名。変化なしは2名であった。【考察】 右肩関節外旋筋力は有意な増加を認めた。投球動作のフォロースルー期において上腕骨頭を関節窩から引き抜く牽引力を防ぐために肩関節外旋筋群の遠心性収縮が起こるといわれている。大学時の練習メニューはキャッチボールやノックなど投球を行う練習が多く、肩関節外旋筋群が収縮する機会が多いため、筋力が増加したと考える。 股関節内旋や胸腰部回旋可動域、指椎間距離など柔軟性に関する項目は、有意な減少を認めた。これは高校時までに一度獲得した野球特有の関節柔軟性が低下しているものと考える。その要因として練習頻度が減少したことで投球や打撃動作など野球特有の動作の機会が減少し、軟部組織の柔軟性が低下した可能性や高校時と比較してストレッチ量が減少したことによる影響が考えられる。 筋力は週2回のエクササイズで維持されるといわれ、柔軟性は約2か月間のプログラムと習慣的なエクササイズで得られ、維持されるといわれている。今回週1.5日程度の練習で筋力が維持され、柔軟性は低下したという結果から、練習頻度が低下した野球選手は特に柔軟性の維持が重要であると考える。効率の良い投球動作のためには、股関節および体幹機能が重要とされており、機能低下により肩や肘関節への負担が大きくなるといわれている。また、笠原らは指椎間距離測定法における投球障害肩を有する者のスクリーニング値は8cm以下であるとしている。対象は指椎間距離測定における上からの動作で、1年間でスクリーニング値を下回る結果となった。今回の身体機能の変化によって、特に肩・肘関節に負担、傷害が生じる可能性が高まっていると考える。【理学療法学研究としての意義】 股関節や体幹、肩関節など野球特有の柔軟性を1度獲得した野球選手でも、練習頻度の低下やストレッチ不足によりその柔軟性は失われることが明らかとなった。傷害予防のために股関節や体幹、肩関節などの柔軟性維持、向上のエクササイズはかかすことができないことが示唆された。