抄録
【はじめに、目的】幻肢痛,脊髄損傷後疼痛などの神経障害性疼痛や難治性疼痛疾患である複合性局所疼痛症候群(Complex regional pain syndrome:CRPS)に対する治療法の一つに「Mirror therapy」がある.Mirror therapyとは,視覚的錯覚,運動感覚の錯覚を起こすことで,存在しないまたは機能していない患肢が,あたかも存在し機能するような錯覚を生じさせることによって疼痛を軽減させる治療法である.近年,CRPS患者において,実際の身体と自己がイメージしている身体に乖離が生じていることが数多く報告されている.また,この乖離と第一次体性感覚野における体部位再現(somatotopy)の変化が関与していることが示唆されている.このことは,実際の身体と自己が認識している身体に不一致があると第一次体性感覚野の活動が変化することを示唆している.そこで本研究では,鏡を用いて実際の身体位置と視覚的身体位置の間に不一致を生じさせ,この不一致が体性感覚野応答に及ぼす影響を調べることを目的とした.【方法】対象は,神経系に異常を認めない健常成人7 名(女性2 名,男性5 名)とした.計測条件として,実際の左手と右手の鏡像位置が一致している条件(条件1),実際の左手に対し右手の鏡像位置が2.5cm上方にずれている条件(条件2),実際の左手に対して右手の鏡像位置が5.0cm上方にずれている条件(条件3)で計測を行った.全ての条件において,同一固視点を課題中注視するよう指示した.刺激にはリング電極を用い,左示指に電気刺激を与えた時の脳活動を記録した.電気刺激のduration は0.5ms,強度は感覚閾値の2.5 倍とし,刺激間間隔は1 秒とした.各条件の試行順は,被験者ごとにランダムとし,加算回数は100 回とした.脳磁場計測には,306 チャンネル全頭型脳磁計(NeuromagSystem, Elekta, Helsinki, Finland)を用い,シールドルーム内で計測した.Sampling rateは,1000Hz,band pass filterは1-40Hzとし,刺激前−100msから0msまでをベースラインとした.条件間の比較には,一元配置分散分析を用い,その後Bonferroni法による多重比較を行った.有意水準は5%以下とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,広島大学大学院医歯薬保健学研究科保健学倫理委員会の承認を得て行った.【結果】7 名中6 名の被験者で刺激後約70ms付近で明瞭な活動が認められた(M70).等価電流双極子推定によるM70 の活動源は,刺激対側の第一次体性感覚野に推定された.また,その振幅は,一元配置分散分析により条件間で有意に異なることが示された(p<0.05).さらに,Bonferroni法による多重比較により,条件1 と条件2 および3 の間(p<0.05),条件2 と条件3 の間に有意差が認められ(p<0.05),条件1,2,3 の順に有意に振幅が大きかった.【考察】刺激後20ms付近で現れる第一次体性感覚野の初期成分(M20)は,視床から直接投射を受ける成分であると考えられている.一方,本実験で認められたM70 は,後期成分とよばれ,末梢の物理刺激に依存しない成分であるとの先行研究がある.本研究において,M70 は実際の身体位置と視覚的身体位置が異なる場合に,その不一致度に応じて振幅の減少が認められた.このことは,この成分が視覚入力から影響を受ける成分であることを意味し,M20 に代表される初期成分とは異なる働きをしていることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究により,実際の身体位置と視覚的身体位置の不一致が体性感覚野応答に与える影響を調べることができた.これにより,CRPSなどの病態解釈を行う上での基礎的知見を与えることが可能である.また,体性感覚の脳内情報処理においてどの領域がどの時間帯で視覚情報から影響を受けるかについての基礎的知見も与えることが可能となると思われる.