抄録
【目的】胸腹部の可動性は、換気能力に影響を及ぼす要因として欠かせない情報の一つである。臨床では、テープメジャーを用いて深呼吸に伴う胸腹部周径変化を測定することによって胸腹部可動性を評価することが多い。しかし、測定値を判断する明確な基準が存在しないため相対的な評価に限られ、左右差を捉えることもできない。そこで、健常者の呼吸運動を基準に、胸腹部定点の可動性を測定する評価法を開発した。これは安静時の呼吸運動を評価するために開発した5 段階の呼吸運動評価スケールをもとに、深呼吸の段階を加え、9 段階の呼吸運動評価スケールへと発展させたものである。本研究では、9 段階の呼吸運動評価スケールを紹介するとともに、その信頼性を検証することを目的とした。【方法】入院中の呼吸器疾患患者13 名を対象とした。呼吸器疾患の内訳は、慢性閉塞性肺疾患8 名、間質性肺炎2 名、気管支拡張症1 名、慢性呼吸不全1 名、気胸1 名であった。2 名の理学療法士が同一日時に測定デバイスを用いて呼吸運動評価スケールによる深呼吸時の呼吸運動を評価した。呼吸運動の測定部位は上部胸郭(左右の第3 肋骨)、下部胸郭(左右の第8 肋骨)、腹部(上腹部)の5 箇所とし、各部位における吸気運動の大きさを9 段階(0 〜8)のスケールで表記した。スケールの段階は、三次元動作解析装置により計測した健常者の安静時呼吸運動の下限(10 パーセンタイル)から深呼吸運動の大きさの下限(10 パーセンタイル)を3 段階(1 〜3)、深呼吸運動の下限から上限(10 〜90 パーセンタイル)を4 段階(4 〜7)に区分し、安静呼吸運動の下限以下(0)と深呼吸運動の上限以上(8)を加えた9 段階である。測定デバイスはペンサイズで、本体内部を上下動する金属棒の移動距離を本体上の目盛からスケールとして読み取れるようにしたものである。測定デバイスの目盛は、三次元動作解析装置による測定値とは一致しないため、測定デバイスと三次元動作解析装置から求めた 移動距離の誤差を調整し表示させた。深呼吸運動の測定は、測定デバイスの先端を測定部位にあて胸部は垂直位より頭側に30°傾斜位、腹部は垂直位にあて、測定デバイスをもつ手をしっかりと固定したのち、目盛からスケールの段階を読み取った。対象者は背臥位にて最大呼気位(残気量位)から最大吸気位(全肺気量位)までの深呼吸を行わせた。各部位とも2 回測定し、スケールの最大値を記録した。胸郭は左右平均値を代表値とした。3 区分とその合計のスケールについての検者間信頼性をみるために重み付けカッパ係数と一致率を求めた。【倫理的配慮、説明と同意】対象者には研究内容を説明し、同意を得た。本研究は所属施設の倫理委員会にて承諾を得た後に実施した。【結果】3 区分とその合計のスケールにおけるカッパ係数は0.79 〜0.85、一致率は胸郭および腹部スケールがともに69%、合計スケールは31%であった。各部のスケール中央値は、上部および下部胸郭がそれぞれ3、腹部が2、合計スケールが8 となり、多くの対象者が深呼吸下限となるスケールより低値を示し、胸腹部の可動性低下があると判断された。【考察】測定デバイスを用いた呼吸運動評価スケールによる胸腹部可動性評価の検者間信頼性を検証した結果、高い信頼性があることがわかった。合計スケールでは各部スケールの不一致が反映したため、完全に一致したものはおよそ3 割となったが、胸腹部の各スケールにおける一致率はともにおよそ7 割と良好な結果であった。今後は、今回の結果を踏まえ、さらに対象者を増やし、呼吸運動評価スケールと呼吸機能などの関連について検討してきたい。【理学療法研究としての意義】呼吸運動評価スケールによる胸腹部可動性評価の高い信頼性は、臨床現場における客観的な胸腹部可動性評価を保証するものであり、明確に認識されなかった胸腹部可動性の問題を顕在化させ、治療の効果判定に活用できると考える。