抄録
【はじめに、目的】 リハビリテーションの対象症例においては,関節可動域制限の発生頻度は高く,その中でも対象者が高齢になればさらに発生頻度は高くなるといわれている.しかし,関節可動域制限の推移を縦断的に観察した報告はほとんどない.そこで今回,当院で実践している関節可動域制限に対する予防の介入方法を紹介し,膝関節伸展可動域の経年変化からその効果を検討する.【方法】 対象は2008年10月から2011年10月までの3年間を通じて当院に在院していた236名(男性30名,女性206名)とした.対象者の平均年齢は90.4歳±6.9歳、平均在院期間は6.4±2.3年で主な疾患とその内訳は脳梗塞や脳出血などの脳血管系疾患が120名(50.8%)、認知症を含む精神疾患が78名(33.0%)、骨折などの運動器系疾患が26名(11.0%),その他の疾患が12名(5.0%)であった.対象者に対し,看護師ならびに介護職員による日常ケアでの他動運動と,理学療法士(以下,PT)ならびに作業療法士(以下,OT)による個別の運動プログラムを実施し,その効果判定のために膝関節伸展可動域を測定した.看護師・介護職員は,オムツ交換時に股・膝関節の他動的屈曲伸展運動と,車椅子乗車時に膝関節の他動伸展運動をそれぞれ左右一回ずつ行った.PT・OTは運動能力で対象者を4群に分け,それぞれの状況に応じて下肢への荷重を意識したプログラムを実施した.膝関節伸展可動域の測定は対象者を背臥位とし,ゴニオメーターを用いて,9名のPTと13名のOTが行った.測定開始時の臨床経験年数はPTが平均5.3±5.1年,OTが平均4.7±4.1年であった.測定は2008年10月より2011年10月まで,2ヵ月毎に行い.分析は,毎年10月の測定結果を分析とした.3年間の経年変化についてはFriedman検定を用い,平均値±95%信頼区間で標記し,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】今回の介入を進めるにあたっては院内検討委員会で承認を得,対象者とその家族には取り組みの趣旨と内容について説明し,同意を得た上で実施した.【結果】 膝関節伸展可動域の経年変化は,各年度における膝関節伸展可動域の平均値は2008年が-14.8±1.6°,2009年が-15.7±1.6°,2010年が-15.9±1.6°,2011年が-16.7±1.7°で経年的に有意な減少が認められ,その程度は3年間で1.9°であった.【考察】 日常ケアの中での他動運動と下肢への荷重を含めた運動プログラムを実施した結果,対象とした236名472関節の膝関節伸展可動域の平均値は統計学的には経年的に有意な減少が認められた.しかし,その程度は3年間で平均1.9°の減少に過ぎず,今回の対象者の平均年齢が90.4歳で,加齢に伴う関節周囲軟部組織の器質的変化や廃用などによって関節可動域が減少しやすい状態であったことを考慮すると,今回の介入方法は膝関節伸展可動域の維持に効果的であったと考えられる. 先行研究によれば,関節可動域制限の進行予防には他動運動を主体とした関節運動や姿勢変化などによる関節への重力負荷が有効とされており,今回の結果はこのことを裏付けているものと思われる.しかし,統計学的な結果としては膝関節伸展可動域が経年的に有意な減少を示した事実があり,その要因として考えられる疾患や羅病期間,生活状況などを考慮した分析が必要であることが明らかとなった【理学療法学研究としての意義】関節可動域制限の予防に対する長期的な対応や経時的推移についての報告は少ない.リハビリテーションの対象症例に頻発する関節可動域制限の縦断的な観察は,その要因を特定し,介入方法を定めるためにも意義あるものと考える.