抄録
赦しは、第二次世界大戦以降、多様な領域で論争の的となってきた概念の一つである。その代表的な論者であるジャック· デリダJacques Derrida(1930–2004)が赦しの不可能性を主張したのに対し、非商業的な交換としての「困難な赦し」を論じ、挑戦を投げかけたのがポール・リクールPaul Ricoeur(1913–2005)であった。果たしてリクールは、デリダが不可能な赦しを主張する上で否定的に論じた「贈与」をどのように再解釈し、赦しの可能性を残そうとしたのか。先行研究においても、リクールが赦し論に贈与概念を導入したことの意味や、それが彼の赦し論全体に与えている影響については、検討の余地が残されている。本論では、リクールの赦し論の中で、贈与が赦しの行為者の関係性を焦点化していることを明らかにする。彼にとって贈与とは「与えること」と「受け取ること」という交換である。
リクールは、贈与において「相互性」に着目し、行為者の「間」に着目することで、この不等価な交換を支える「感謝」の存在を重要視する。感謝は、満ち溢れの論理に基づいたアガペーの領域に位置付けられる。分析を通して、赦しを与える者と乞う者が、アガペーの領域において互いにとって相互的かつ代替不可能な「与える者」と「受け取る者」として捉えられている点に、リクールの独自性があることを明らかにする。