2026 年 128 巻 p. 67-79
レ枢機卿の自己表象と歴史叙述
『フィエスク伯の陰謀』とソワソン伯の陰謀の比較
涌井 萌子
本論文は、レ枢機卿の自己表象と歴史叙述の関係を、『フィエスク伯の陰謀』とソワソン伯の陰謀を比較することで明らかにすることを目的としている。レ枢機卿は『メモワール』において、単なる出来事の記録ではなく、自己の政治的正当性を確立するための戦略的な語りを用いている。本研究は、特に指導者の死後の対応と情報統制の違いに注目し、彼がどのように自己像を構築したかを分析する。
『フィエスク伯の陰謀』は1547年にジェノヴァ共和国で起こった反乱を題材とし、主人公フィエスク伯が英雄的に描かれる。一方、1638年のソワソン伯の陰謀は、レ枢機卿自身が関与した事件であり、彼はパリでの動員を計画していた。しかし、ソワソン伯が戦場で突然戦死し、計画は頓挫する。『フィエスク伯の陰謀』では指導者の死が偶発的な事故として描かれるが、ソワソン伯の死は謎に包まれ、政治的陰謀の可能性を含んでいる。この違いは、『メモワール』においてレ枢機卿が自己の政治的適応力を強調し、自己像を際立たせるための戦略として機能している。レ枢機卿は幼少期から軍人としての道を志向していたが、家族の事情で聖職者の道を強いられた。彼の執筆した『フィエスク伯の陰謀』にはその理想が反映されているが、ソワソン伯の陰謀を経て、彼は聖職者としてのキャリアを受け入れる決断を下す。『メモワール』では、陰謀の失敗を単なる挫折ではなく、自己の成長の過程として再構築し、戦略的な情報統制による優位性を示すことで、自己の政治的手腕と冷静な判断力を強調している。
本研究を通じて、レ枢機卿が『フィエスク伯の陰謀』を『メモワール』の中で意図的に活用し、自己の歴史叙述を構築していることが明らかになった。彼の語りは、単なる過去の記録ではなく、自己の適応力と政治的成熟を示す手段として再構築されているのである。