抄録
化学療法による神経障害性痛は代表的な“治療によって引き起こされる痛み”である.化学療法に伴う痛みはQOLを低下させるだけでなく,場合によっては治療の中断を余儀なくされるため,予後に影響する重大な問題である.痛みを引き起こす薬物としてタキサン系製剤(パクリタキセル,ドセタキセル),ビンアルカロイド製剤(ビンクリスチン),プラチナ製剤(シスプラチン,オキサリプラチン)がある.パクリタキセル投与では57~83%と高頻度に末梢神経障害症状が出現する.通常,症状は投与中止により改善するが,慢性化することもある.今回,パクリタキセルにより引き起こされるアロディニア,痛覚過敏および感覚神経伝導速度の低下の機序について非必須アミノ酸であるL-セリンに注目して研究を行った.パクリタキセルの頻回投与によりアロディニア,機械性痛覚過敏が生じるとともに,感覚神経伝導速度が低下した.さらに,後根神経節でのL-セリン含有量低下がした.L-セリンの低下は坐骨神経・脊髄では起こらず,後根神経節に特異的であった.さらに,後根神経節ではL-セリン合成酵素である3PGDHが減少していた.組織染色では3PGDHは後根神経節の外套細胞に局在し,神経細胞には存在していないことが明らかとなった.L-セリンを投与したところ,パクリタキセルにより引き起こされるアロディニア,機械性痛覚過敏の発生および感覚神経伝導速度の低下が改善された.従って,パクリタキセルによる末梢神経障害は外套細胞から知覚神経細胞へのL-セリンの供給不全によって引き起こされることが示唆された.L-セリンは新たな治療薬として期待される.