日本薬理学雑誌
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特集:脳機能とその破綻に対する時間・階層縦断的アプローチと治療戦略
ストレスの記憶への影響を細胞レベルで解析するためのin vitroモデル系
小倉 明彦齋藤 慎一木村 聡志冨永(吉野) 恵子
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2017 年 150 巻 5 号 p. 223-227

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抄録

ストレスは記憶の獲得や固定に大きな影響を及ぼす.心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状から立てられた現在の通説では,強いストレスは,新規記憶の獲得を阻害する一方,獲得した記憶の固定を強化する,とされている.動物個体へのストレス負荷は,いわゆるHPA軸をはじめとして何重にも備わった生体恒常性維持機構を駆動する.したがって,ストレスが記憶に及ぼす影響には,ストレスの脳への直接作用だけでなく,恒常性機構を介した二次的作用も含まれ,解釈を複雑にする.ストレスの記憶への影響を細胞レベルで解析するには,個体の恒常性機構から逃れて実験者が設定した条件下で,しかも長期にわたって解析できるモデル実験系が必要である.本稿では,培養海馬切片におけるRISE(繰り返し長期増強(LTP)誘発後のシナプス強化現象)が,求められるモデル系としての資格を満たすことを示す.RISEは,シナプスの新生を伴う長期的シナプス強化現象である.ストレスホルモン(糖質コルチコイド)は,LTPばかりでなくRISEをも阻害することがわかった.これは,ストレスは動物個体での記憶の固定を強化するとする通説とは合致しないが,固定の強化はストレスの恒常性機構(たとえば補償的に増大した脳由来神経栄養因子(BDNF)生産など)を介した二次的作用である可能性がある.

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