我々の脳は,多様な細胞が形態や機能を変化させながら互いに協奏し,複雑な脳機能を発現するダイナミックなネットワークシステムである.このシステムの破綻に起因する多くの中枢神経系疾患は,各国で疾病負荷の原因となり治療法開発が強く望まれている.ダイナミックなネットワークとしてのヒト脳機能解明には,様々な時空間スケールの情報を包括的に解析することで個体レベルの高次脳機能や,他個体との相互作用による社会的行動の基盤を理解する必要がある.しかしながら,ヒトを対象とした臨床研究には技術的な限界があることから,実験動物モデル研究を相補的かつ相乗的に進めることが重要である.近年,神経科学研究において注目されている同じ霊長類に属するマーモセット(Callithrix jacchus)は,向社会行動や,視覚や発声による他個体とのコミュニケーション等,群れで生活する中で発達した特徴的な社会的行動を示す.我々ヒトも非常に複雑な重層化社会の中で生活し,中枢神経系疾患の中には社会的行動に異常を来す症状も多く存在する.マーモセットはこのような社会的行動や疾患に伴う異常の脳内基盤を解明するための有用な動物モデルとなりうる.筆者らはマーモセットの脳機能を細胞レベル,神経回路レベルで明らかにする目的で,非遺伝子改変動物に対する新規ウイルス遺伝子工学技術を開発している.HITI(homology-independent targeted integration)法は,非分裂細胞に対するin vivoゲノム編集により特定細胞種の標識や病態変異導入を可能とする.また,bridge proteinと呼ばれる融合タンパク質を用いることで,特定の内在性受容体を発現した細胞選択的にウイルスベクターを感染させることができる.このような新規技術を用いて,マーモセットの有する高次脳機能の基盤を明らかにしていくことが,ヒトの脳機能解明や現代社会において問題となっている神経疾患や精神疾患の原因究明,予防・治療法の開発にも繋がるだろう.