日本薬理学雑誌
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153 巻, 5 号
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特集:ウイルスベクター技術による神経回路操作と薬理研究への応用
  • 永安 一樹
    2019 年 153 巻 5 号 p. 204-209
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/05/14
    ジャーナル フリー

    ウイルスベクターは,神経細胞やグリア細胞などの脳細胞をはじめとする様々な細胞に対して,in vivo/in vitroで外来遺伝子を送達可能な手段として広く用いられている.ChR2やNpHR,DREADDを用いた介入実験や,GCaMPやGECOを用いた神経活動の解析など,光遺伝学/薬理遺伝学的実験が,ごく一般的に行われるようになっているが,その背景には,上記遺伝学的ツールを高いレベルで発現させ得るウイルスベクター技術の存在がある.ともすれば,搭載している遺伝学的ツールの陰に隠れてしまいがちであるが,実際に遺伝学的ツールの利用を考えたときに,どのウイルスベクターを使うべきか,どのように調製するのか,外部から分与を受けるとしてその際の血清型は,など悩むことは多い.本稿では,特にレンチウイルスベクターとアデノ随伴ウイルスベクターに焦点をあて,その技術基盤について概説するとともに,感染細胞種選択性や体内動態の改変手法,floxマウスとの組み合わせによる回路・神経核特異的遺伝子ノックアウトなど,最近の知見を含めて紹介することで,これらのウイルスベクターを薬理学研究へ応用していく上での一助となればと考えている.

  • 原 大樹, 小坂田 文隆
    2019 年 153 巻 5 号 p. 210-218
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/05/14
    ジャーナル フリー

    我々の脳は,多様な細胞が形態や機能を変化させながら互いに協奏し,複雑な脳機能を発現するダイナミックなネットワークシステムである.このシステムの破綻に起因する多くの中枢神経系疾患は,各国で疾病負荷の原因となり治療法開発が強く望まれている.ダイナミックなネットワークとしてのヒト脳機能解明には,様々な時空間スケールの情報を包括的に解析することで個体レベルの高次脳機能や,他個体との相互作用による社会的行動の基盤を理解する必要がある.しかしながら,ヒトを対象とした臨床研究には技術的な限界があることから,実験動物モデル研究を相補的かつ相乗的に進めることが重要である.近年,神経科学研究において注目されている同じ霊長類に属するマーモセット(Callithrix jacchus)は,向社会行動や,視覚や発声による他個体とのコミュニケーション等,群れで生活する中で発達した特徴的な社会的行動を示す.我々ヒトも非常に複雑な重層化社会の中で生活し,中枢神経系疾患の中には社会的行動に異常を来す症状も多く存在する.マーモセットはこのような社会的行動や疾患に伴う異常の脳内基盤を解明するための有用な動物モデルとなりうる.筆者らはマーモセットの脳機能を細胞レベル,神経回路レベルで明らかにする目的で,非遺伝子改変動物に対する新規ウイルス遺伝子工学技術を開発している.HITI(homology-independent targeted integration)法は,非分裂細胞に対するin vivoゲノム編集により特定細胞種の標識や病態変異導入を可能とする.また,bridge proteinと呼ばれる融合タンパク質を用いることで,特定の内在性受容体を発現した細胞選択的にウイルスベクターを感染させることができる.このような新規技術を用いて,マーモセットの有する高次脳機能の基盤を明らかにしていくことが,ヒトの脳機能解明や現代社会において問題となっている神経疾患や精神疾患の原因究明,予防・治療法の開発にも繋がるだろう.

  • 金田 勝幸, 出山 諭司, 檜井 栄一, 柳田 淳子, 張 彤, 笹瀬 人暉
    2019 年 153 巻 5 号 p. 219-223
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/05/14
    ジャーナル フリー

    麻薬や覚醒剤に対する強烈な渇望感が持続する精神疾患である薬物依存の形成・維持には,依存性薬物の摂取に伴う腹側被蓋野から側坐核(nucleus accumbens:NAc),および,内側前頭前野(medial prefrontal cortex:mPFC)へ至るドパミン神経系から構成される脳内報酬系の活性化と可塑的変化が重要であると考えられている.すなわち,コカイン摂取による報酬系神経回路の活性化と可塑的変化が,コカイン報酬記憶の獲得や想起に関与すると考えられる.しかし,これらの過程に関わる脳部位や神経伝達についての豊富な知見に対し,その脳部位のどの神経細胞の活動が報酬記憶の想起に因果的に関与するのかは必ずしも明らかではなかった.我々は,アデノ随伴ウイルスベクターにより抑制性のDREADD(designer receptors exclusively activated by designer drugs)であるhM4Diを細胞種選択的に導入することにより,コカイン条件付け場所嗜好性試験におけるコカイン報酬記憶の想起に重要な神経細胞を同定した.すなわち,興奮性ニューロン特異的にhM4Diを発現させるためにAAV5-CaMKII-hM4Di-mCherryまたはAAV-DJ-CaMKII-hM4Di-mCherryを野生型マウスに,また,抑制性ニューロン選択的にhM4Diを発現させるためにAAV5-hSyn-DIO-hM4Di-mCherryまたはAAV-DJ-hSyn-DIO-hM4Di-mCherryをGAD67-CreあるいはvGAT-Creマウスに導入し,それぞれのニューロンの活動を選択的に抑制した結果,mPFC興奮性ニューロンとNAc GABA作動性ニューロンの活動上昇が,コカイン報酬記憶の想起に重要であることを見出した.薬物依存患者では,薬物を摂取した環境などにより薬物報酬記憶が想起され,再摂取につながることから,これらの神経細胞活動の適切な制御が薬物依存に対する治療ターゲットとなる可能性が期待される.

  • 溝口 博之, 山田 清文
    2019 年 153 巻 5 号 p. 224-230
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/05/14
    ジャーナル フリー

    依存症は世界銀行・WHO(世界保健機関)が報告するDALY(障害調整生命年)によると,世界トップ10に入る健康を脅かす疾患である.中でも,アルコール乱用を初めとする物質依存・薬物使用障害のDALYは若年層において非常に高い数値を示している.国内に目を向けても,薬物逮捕ラッシュの芸能界が表すように薬物汚染は止まっていない.また統合型リゾート推進法の成立により日本でもカジノが解禁されることから,ギャンブル依存者の急増という社会的且つ医薬学的問題も懸念される.さらにWHOはゲーム障害を精神疾患と認定したことからも,新たな依存症の包括的理解に向けた機序解明と医学的に適切な予防対策や治療戦略の発信が期待されている.ではなぜ,私たちはゲーム,ギャンブル,薬物に〝はまる〟のか? なぜ,一度手を染めた人はリスクを負っても危険ドラッグや覚せい剤の売買をするのか? なぜ治療したはずなのに依存症は再発するのか? どうして自分をコントロールできなくなるのか? そして,こうした症状は脳のどこから生まれるのか? 私たちはちょっと変わった視点(意思決定)から,依存者の脳と心の問題に迫ってきた.一方,近年の目まぐるしい実験技術の進歩により,遺伝子発現を制御するための多種多様なウイルスベクターが開発された.細胞特異的に遺伝子を発現させ,その細胞・神経の活動をコントロールすることも可能となった.今ではウイルスベクターを用いた行動薬理実験が当然のように行われ,顕著で分かりやすい研究成果が発表されている.著者らもこの手法を用いて特定の脳領域の活動や細胞活性を操作した時の意思決定について検討してきた.本稿では,意思決定について概説するとともに,当研究室で行ったウイルスベクターを用いた意思決定・行動選択研究への応用について述べる.

総説
  • 安井 正人
    2019 年 153 巻 5 号 p. 231-234
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/05/14
    ジャーナル フリー

    我々の身体の約2/3は水分子で構成されている.体液(水・電解質)調節は,個体の機能維持に必須である.実際,心不全など多くの疾患で体液調節の異常が認められる.驚くべきことに脳における体液調節の仕組みはほぼ未解明のままであった.最近になり,「脳リンパ流」が存在することを示唆する証拠が相次いで報告された.中でもNedergaardらが2012年に提唱した「glymphatic system」では,アクアポリン4(AQP4)が関与している可能性,睡眠によって制御されている可能性が示唆され,注目を集めた.AQP4は哺乳類の脳に主に発現していて,グリア細胞であるアストロサイトの終足(血管周囲空間とのインターフェースおよび脳室周囲)にあることから,脳の体液調節に関与している可能性が以前より示唆されていた.「Glymphatic system」は,まだ概念的な要素が多く,その実態は十分に把握されていない.一方,その解明は高次脳機能や精神・神経疾患の病態におけるグリア細胞の役割に対する理解を深めるのみならず,脳内薬物動態に対する理解にもつながり,睡眠薬や精神疾患作用薬の開発やより適切な使用法の改善も期待される.最近,不眠と慢性疾患(糖尿病や高血圧など)との関連も大変注目されているが,実際,国民の約5人に1人が不眠の問題を抱えている.更に,高齢化社会を迎え,認知症が増えていくことを考えると,脳リンパ排泄の生理とその破綻における病理を解明していくことは,科学的にも社会的にも極めて重要である.そこで,本総説では神経変性疾患の病態生理におけるAQP4の役割を解説すると同時に「脳リンパ流」に関する最近の知見も紹介する.

創薬シリーズ(8) 創薬研究の新潮流(31)
  • 荻原 琢男, 細野 麻友, 小島 肇
    2019 年 153 巻 5 号 p. 235-241
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/05/14
    ジャーナル フリー

    3次元(3D)培養肝細胞スフェロイドが,薬物代謝,毒性および酵素誘導の新しい評価として注目されている.ヒト肝細胞をスフェロイド用プレートに播種し細胞形態およびアルブミン分泌を検討したところ,肝細胞スフェロイドは播種後21日間維持されることが確認された.このスフェロイドに薬物を曝露した結果,第Ⅰ相および第Ⅱ相酵素による連続的な代謝反応およびヒト特有の代謝反応が認められた.また,このスフェロイドを用いて肝毒性を評価した結果,アルブミン分泌の50%阻害濃度は従来評価法よりも低く,従来評価法が肝毒性を過小評価している可能性が示唆された.さらに,このスフェロイドを用いて各種シトクロムP450(CYP)の誘導能を調べたところ,各種CYPのmRNA発現量および活性は有意に増加した.以上より,この3D肝細胞スフェロイドは,薬物代謝過程の追跡,肝毒性および酵素活性誘導の長期試験に適していることが示された.

新薬紹介総説
  • 渡辺 達夫, 小山 則行
    2019 年 153 巻 5 号 p. 242-248
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/05/14
    ジャーナル フリー

    レンバチニブメシル酸塩(以下,レンバチニブ)は,経口投与可能な受容体チロシンキナーゼ阻害薬であり,血管内皮増殖因子受容体1~3,線維芽細胞増殖因子受容体1~4,血小板由来増殖因子受容体α,rearranged during transfectionチロシンキナーゼ,幹細胞因子受容体を阻害する.肝細胞がんに対するin vitro及びマウスモデルでの抗腫瘍効果の解析から,レンバチニブは血管内皮増殖因子及び線維芽細胞増殖因子で誘導される腫瘍血管新生の阻害と線維芽細胞増殖因子によるがん細胞増殖の阻害により肝細胞がんに対する抗腫瘍効果を発揮すると考えられた.日韓で実施された肝細胞がん患者を対象にした臨床第Ⅰ/Ⅱ相試験において,肝細胞がん患者に対する推奨用量が検討され,優れた有効性が示唆された.肝細胞がん患者では固形がん患者と比較して,体重とAUCが強く相関することが明らかになり,その後の臨床試験における開始用量は,体重60 kg未満の患者では8 mg,60 kg以上では12 mgと決定された.第Ⅲ相試験において,主要評価項目である全生存期間でのソラフェニブに対する非劣性が証明され,副次評価項目である無増悪生存期間,奏効率などがソラフェニブに対して有意に優れていた.この結果を受けて昨年,日本,米国,欧州,中国などにおいて,1次治療における「切除不能な肝細胞がん」の適応症で承認された.現在,肝細胞がんを対象に肝動脈化学塞栓療法との併用や免疫チェックポイント阻害薬との併用が検討されており,今後さらに多くの肝細胞がん患者の治療に貢献すると期待されている.

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