2020 年 155 巻 4 号 p. 230-235
肺高血圧症とは,安静時の平均肺動脈圧が25 mmHg以上となる難治性疾患である.肺高血圧症臨床分類で第1群の肺動脈性肺高血圧症(PAH)は,肺動脈に病変を有する難病である.PAHの主な病因は,肺動脈の過収縮(攣縮)と肥厚(リモデリング)である.これらの病変による肺動脈圧の持続的な上昇は,右心不全を引き起こし,死に至る原因となる.肺血管リモデリングは,肺動脈平滑筋細胞の過剰な増殖とアポトーシスの減少によって起こる.肺血管リモデリングを誘導する肺動脈平滑筋細胞の異常な興奮シグナルは,細胞内Ca2+濃度([Ca2+]cyt)の増加によって惹起される.肺動脈平滑筋細胞には,電位依存性Ca2+チャネル(VDCC),ストア作動性Ca2+(SOC)チャネル,受容体作動性Ca2+(ROC)チャネルなどのCa2+透過性チャネルが発現している.それらCa2+チャネルの発現は,PAH患者の肺動脈平滑筋細胞で増加し,細胞内Ca2+シグナルを亢進させる.我々は,特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)患者由来の肺動脈平滑筋細胞を用いて,SOCチャネルとROCチャネルを介した細胞内Ca2+シグナル制御の分子機構とその病態生理学的役割の解明を目指した.その結果,Notchシグナルは,transient receptor potential canonical 6(TRPC6)で構成される肺動脈平滑筋細胞のSOCチャネルを直接的(非ゲノム作用,活性化)および間接的(ゲノム作用,発現増加)に増強することが分かった.一方,IPAH患者由来の肺動脈平滑筋細胞で発現増加するCa2+感受性受容体の下流において,[Ca2+]cyt上昇に関与しているROCチャネルもTRPC6で構成されていることが分かった.さらに,PAHモデル動物やTRPC6遺伝子欠損マウスを用いた解析によって,TRPC6チャネルの阻害はPAHの進行を抑制することも明らかになった.本研究成果は,TRPC6が肺動脈平滑筋細胞のSOCチャネルとROCチャネルの両者を構成し,PAHの病態形成機構に関与することを示唆している.そのため,肺動脈平滑筋細胞のTRPC6チャネルを標的とした創薬は,PAHの新規治療戦略や治療薬の開発につながることが期待される.