2024 年 2024 巻 34 号 p. 567-576
女性詩人の夏宇(1956-)は台湾の現代詩壇で最も実験的で,カテゴリー化するのが難しい詩人の一人であり,初めての詩集『備忘録』(1984)から一貫して詩の可能性に挑み続けている.すべての詩集で驚くべきオリジナル性を発揮し,言葉を挑発し,スタイルを破壊し,ポストモダニズムおよびフェミニズムの代表的な詩人だと見なされてきた.台湾詩の学術界では夏宇についての豊富な研究の蓄積がある.本稿は新たな研究の視角を展開すべく,夏宇の近年(2010-2020)の作品における越境する鮮烈な視覚体験の美学について論じる.歌詞集『這隻斑馬/This Zebra(このシマウマ)』(2010)は,カラー版『那隻斑馬/That Zebra (あのシマウマ)』と同時に刊行された.これはページの真ん中を切断してページが上下に分かれているため,上下それぞれのページの歌詞を自由に組み合わせて読むことができる.装幀の色はカラフルで,本全体が街の雑然とした店の看板のようで,「退廃的な音楽」のように市場性に呼応している.『第一人称/First Person』(2016)は301行の長い詩を収録し,400枚余りの撮影作品を組み合わせ,「影像詩」集の概念を実践している.撮影はすべて夏宇によるもので,下には詩が添えられ,全体が映画のスクリーンのようにデザインされており,写真の下の詩は中国語の字幕,さらに英語の字幕が付されており,読者に映画鑑賞を想像させる.『脊椎之軸(脊椎の軸)』(2020)は世界ハイキングツアーについて書いたもので,あとがきを除いて,インクも使わず真っ白で,エンボス加工により文字や絵を浮き彫りにし,当時,荒野を彷徨った痕跡を再現しようとしている.何もない,「白紙」の詩集ともいえる.
本論では,夏宇の詩の言語の視覚的探求についての詳細な考察のみならず,台湾現代詩「図像詩」美学伝統の現代の様相についても補完したいと考えている.これまで,「図像詩」の実験では,言葉の組み合わせやレイアウトが中心とされてきた.現在,「変わり続ける」女性詩人夏宇は,詩に言葉やイメージを超えた,より多様な視覚体験を探求し続けている.