屋久島西部の照葉樹林にはニホンジカが非常に高い密度で生息している(100~350頭/km2)。1996年7月にこの地域の急峻な谷で大規模な土石流が発生し、幅数10m、長さ約1kmに渡る植生が、土壌ごと海まで流されて消失した。我々はその後の植生回復状況を把握するため、2007年にこの谷の二ヶ所に半径3mの円形調査区を設置し、つる植物を除く木本植物を対象に高さ5~30cm、30~150cm、150cm以上の個体数、および150cm以上の個体の胸高断面積を計測した。植生構造の変化を把握するため、同様の調査を2011年と2017年にも実施した。土石流発生以降、二つの調査区ともに高さ5~30cmの個体数、150cm以上の個体数、および胸高断面積合計が増加傾向にあることが解った。ただし、調査区内には枯死したカンコノキが数本あった。さらに2017年には、その谷を横断するように幅2mのベルトトランゼクトを3本(長さ16、28、40m)設置して植生を調査した。ベルト内の植物のうち、シカの採食圧に曝される高さ150cm未満の種の被度とシカ採食痕の有無、高さ150cm以上の種の個体数と樹高を記録した。ベルト内の植被度は平均8割で、大きな岩上や流路を除き植物に覆われていた。ベルト内にはシダ植物11種以上、草本植物8種、木本植物39種(つる植物含む)が定着しており、そのうち51種がシカの採食植物で、そこには嗜好種が16種含まれていた。また、高さ150cm以上に生長した木本植物は21種確認され、20種がシカの採食植物であり、そのうち9種は嗜好種(カラスザンショウ、ムラサキシキブ、ヤクシマオナガカエデなど)だった。これらの個体の一部は高さ5m以上に達していた。シカの採食痕はベルトのほとんどの場所で見つかり、シカはこの谷を広く採食場所にしていたことが示された。本調査地では植生が土壌ごと完全に失われた後にシカの嗜好種を含む植物種が定着し、生長していたことから、自然植生が回復しつつあると考えられた。ただし、この植生が今後どのように遷移していくかについては長期的な調査によって検証する必要がある。