保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
総説
遺伝学の視点から見たポスト愛知目標に向けた課題
大澤 隆文
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電子付録

2021 年 26 巻 2 号 論文ID: 2110

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抄録

生物多様性条約の 2021年以降の国際目標(ポスト 2020生物多様性枠組又はポスト愛知目標)について、遺伝的多様性の保全及び遺伝資源の利用から得られる利益の配分に係る課題の整理及び分析を行った。遺伝的多様性の保全については、野生種を含めた包括的な遺伝的多様性の保全についての目標や指標の設定が重要である。この関連の 2050年までのゴールとしてはすべての生物種の 90%の遺伝的多様性が維持されるという数値目標案が示された。また、指標案としては、各生物種の中で、集団が長期的に存続するために必要最低限の規模として知られている「有効集団サイズが 500以上の集団」の割合等が提案された。しかし、分かり易い国際目標及び指標としては、成熟個体数が 5,000以上の集団の数(が一定値以上の種の数)や、現存している又は保全されている亜種・変種の数といった案も考えられる。また、「進化的重要単位( ESU)」・「管理単位( MU)」等の保全単位(種苗配布区を含む)が設定されており、かつ理想的には各保全単位の中で、ある地域を設定し、その範囲全体で遺伝的多様性と局所的変異を維持しようとする「遺伝子保全単位( GCU)」や、同様の自然保護地域等が設定されていることが望ましい。こうした種が全体の中で占める割合等により、遺伝的構造の保全状況についても指標を追加して評価する余地がある。さらに将来的には、種や集団の適応度を下げる遺伝的劣化の回避を、直接、目標や指標の対象にしていくことも考えられる。他方、遺伝資源の利用から得られる利益の配分については、ただ遺伝資源の利用による利益を増やしていこうとする目標が提案されている。その結果、生息域内に自生する個体や組織片を何度も採取するような場合には、過剰に採取が行われるリスクを孕んでいる。また、国境を越えて分布するような特別な遺伝資源等とは具体的にはどういうものか、従来型の二国間利益配分メカニズムではなく多国間利益配分メカニズムを導入するべきか、そして、「塩基配列情報」(DSI)の利用についても利益配分の対象に含めるべきかといった課題がある。ポスト 2020生物多様性枠組の議論全体では、遺伝資源やその多様性の保全よりも、利益配分の議論に関心が総じて偏っており、保全遺伝学にも立脚した生物多様性の保全及び持続可能な利用のための国際目標の議論と実施が進む余地があると結論付けた。

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