論文ID: 2003
カブトガニ Tachypleus tridentatusは、東アジアの沿岸域に棲む節足動物の一種である。世界各地で減少傾向にあり、国際保護連合(IUCN)のレッドリストでは絶滅危惧種に位置付けられ、国際的にその保全対策が求められている。岡山県笠岡市では、カブトガニの保護増殖事業の一環として、人工飼育したカブトガニ幼生を笠岡市神島水道内の干潟へ放流する試みが行われてきた。カブトガニ幼生の放流事業は、世界各地で広がりつつあるが、その効果と課題については十分に検証されていない。本研究では、カブトガニ幼生を放流した干潟で、体幅組成から脱皮齢段階の成長を推定し、飼育個体の結果と比較した。干潟個体の体幅組成を分析した結果、孵化後 5年目までの幼生( 3-9脱皮齢)であることが推測された。また、飼育個体の体幅は、すべての齢段階で干潟個体より小さかった。先行研究と比較した結果、干潟個体の体幅は他地域の干潟で推定した体幅と同程度だったが、飼育個体の体幅は小さく、特に 6脱皮齢以降で干潟個体との差は大きかった。これらの成長の相違は、低質な給餌条件や過密な飼育環境による影響などが考えられた。よって、野外へ幼生放流を行う場合には、長期飼育を避けて、早期の放流を行うことが有効と考えられる。また、現在の野生個体群が徐々に回復傾向にあることから、今後は、笠岡沿岸で自然産卵するカブトガニを増やし、人工放流に頼らずに、持続可能な野生個体群を維持するための保全対策が求められる。