印度學佛教學研究
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ヴァイシェーシカ学派における運動(karman) ――方位(diś)との関係を中心に――
渡邉 眞儀
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2019 年 67 巻 3 号 p. 1065-1069

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抄録

ヴァイシェーシカ学派において,運動(karman)は6つ(後世では7つ)の基本的なカテゴリー(padārtha)の1つに数えられている.同学派の根本聖典である『ヴァイシェーシカスートラ』(VS)では,運動は結合(saṃyoga)・分離(vibhāga)の原因として定義されており,後の『パダールタダルマサングラハ』(PDhS)でもこの定義は表面上踏襲されている.しかしながらこの定義が持つ意味合いは,VSとPDhSで大きく異なっており,それには同派の理論体系の歴史的変遷が関係している.

まずVSの記述では,有限の大きさを持つ,原子などの通常の実体同士の結合・分離のみが想定されている.しかしそれぞれの運動は,このような結合・分離を生み出す場合とそうでない場合がある.それゆえ,「運動は結合・分離の原因である」という定義は選択的なものであり,すべての運動に適用されるわけではない.一方でPDhSでは,方位(diś)の一部である方位点(dikpradeśa)との結合・分離という概念が導入された.この概念を利用することで運動は,「元いた場所に相当する方位点から分離し,別の方位点と結合すること」と言い換えられる.この変革によって,「運動は結合・分離の原因である」という定義はあらゆる運動に適用されることになり,運動という概念を理論的に説明するための基盤となった.このような理論的転換の背景には,方位を虚空(ākāśa)と区別し,それに時間(kāla)と対になる空間的実体としての役割を担わせようとしたPDhSの作者プラシャスタパーダの構想がある.彼はVSの運動の定義を維持しながら,それに数学における空間座標の概念に相当するような,全く新しい観点を持ち込んだと言える.

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© 2019 日本印度学仏教学会
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