2019 年 67 巻 3 号 p. 1087-1090
上座部註釈家ダンマパーラ(Dhammapāla,十世紀)の著した文献には,北伝仏教の資料が好意的,もしくは非好意的に引用される事例が確認できることが報告されている.本稿は,これまで発表されてきた諸成果に加え,ダンマパーラ著『論事復々註』(Kathāvatthu-anuṭīkā)の中有否定論において『倶舎論』(Abhidharmakośa-bhāṣya)からの逐語的引用が確認される点を指摘し,その思想的特徴を検討した.結論として,ダンマパーラは,世親(Vasubandhu,五世紀)がしばしば評されるところの「理長為宗」の立場にあり,上座部説を擁護するためならば積極的に北伝資料から理論を導入し,もし北伝資料に上座部説に違背する記述があるならば,それを引用してたとしても上座部説の立場から批判していると考えられる.本結論は,これまで総じて没個性的であるとされてきた上座部註釈家の思想的一面を明らかにしたのみならず,南北仏教の思想的交流を検討する上で,重要な一視点を与えている.