抄録
飛騨外縁帯北東部(長野県白馬村,中部山岳国立公園内)に露出する八方超塩苦鉄質岩体には蛇紋岩マイロナイトが産出する。それはcoherentな片状岩であり,強く定向配列したアンチゴライト基質にカンラン石がレンズ状に挟まれ,透輝石,緑泥石,磁鉄鉱を伴う。三郡帯に産する普通の蛇紋岩に比べて蛇紋石の含有量が少ない。カンラン石は3つの異なる産状:porphyroclast,細粒neoblast,およびそれらを貫く細脈状部,を呈する。細脈状カンラン石は磁鉄鉱を包有し,Fo値が高く,組成がばらつくという特徴から,蛇紋石の脱水反応で生じたものと考えられる。その分布から判断して花崗岩の貫入による熱変成作用の産物であろう。一方,他の2種のカンラン石は磁鉄鉱を包有せず,比較的Fo値も低いので,蛇紋石の分解生成物ではない。カンラン石neoblastはporphyroclastと同様かつ均質な化学組成を持っているので,粒径減少を伴う再結晶作用の産物であろう。 蛇紋岩マイロナイトはしばしば塊状カンラン岩:カンラン石,トレモラ閃石,および少量の緑泥石と斜方輝石などから成る,を取り囲むように産する。塊状カンラン岩中のトレモラ閃石は局所的に透輝石と蛇紋石に置換されており,不透明鉱物を包有せず,本岩体の接触変成帯でカンラン石と共存するものに比べてMg/Fe比が低い。蛇紋岩マイロナイトには常にカンラン石が産するが,その組成は塊状カンラン岩中のものと同じであり,アンチゴライトと同時に生成したものは認められない。一方,透輝石はAlやCrに乏しく,アンチゴライトと共に生じたものと思われる。また定向性アンチゴライト/透輝石モード比が3を越えることは少ない。以上の事実から,この蛇紋岩マイロナイトは,カンラン石 + アンチゴライトが安定な温度条件下での,カンラン石 + トレモラ閃石の加水分解,即ち比較的高温(400-600℃)での蛇紋岩化作用と同時に形成されたものと考えられる。 蛇紋岩マイロナイト中のカンラン石neoblastは格子定向性を持ち,しばしば顕著な伸長線構造を示す。そのファブリックは(010) [001]をすべり系とする塑性変形によって形成されたようである。このことは蛇紋岩化作用に先立ち,より高温での塑性変形によってカンラン岩マイロナイトが形成されたことを意味する。カンラン石neoblastは塊状カンラン岩でも認められることがあり,そのような岩石では粗粒カンラン石のサブグレイン化も著しい。カンラン石の粒径減少を伴う再結晶は,塊状カンラン岩でもある程度進行したようである。そのカンラン岩中のトレモラ閃石は弱い定向性を示し,またAlに乏しい割にNaに富む点で一般のprogradeトレモラ閃石と異なっており,カンラン石の再結晶と同時に後退的に生じた可能性が高い。カンラン石のファブリック,トレモラ閃石のAl量,および共存鉱物組み合わせから推定されるカンラン岩マイロナイトの生成温度は,およそ700-800℃である。 本岩体には2回のマイロナイト化作用が認められるが,初期に生じた剪断帯に,選択的に後期マイロナイトのoverprintがなされたようである。おそらくカンラン岩のマイロナイト化による透水性の増大が,蛇紋岩化作用を促進したためだろう。カンラン岩マイロナイトと蛇紋岩マイロナイトの生成温度条件にはギャップがある一方,両者には,蛇紋岩化後に幾分乱されているものの,共通の面構造が発達しており,それは隣接する高P/T型結晶片岩の片理のトレンドと調和的である。これらのマイロナイトは岩体の定置テクトニクスに関連したepisodicな塑性流動によって形成されたものと考えられる。