2025 年 74 巻 4 号 p. 687-694
ある感染症に対する集団免疫の状態を知ることは,当該感染症の流行の今後を予測する上での大きな手掛かりとなる。本研究では,一病院職員におけるcoronavirus disease 2019(COVID-19)の浸淫状況を把握することを目的として,当該病院に勤務する職員を対象に,severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)のN蛋白質抗原に対する抗体獲得状況を定量的に調査した。その結果,2024年6月までに職員の約7割がSARS-CoV-2に感染していたことが分かった。さらに病院への感染の届け出記録と対象職員へのアンケート調査を組み合わせることで不顕性感染率も調べた。その結果,抗N抗体陽性率は71.7%であり,その3割が不顕性感染であった。一方で何らかの自覚症状があっても医療機関を受診せずにいた職員も全体の7.5%いたことが判明した。これらの事実は,今後の病院における感染管理の上で,院内で職員が気軽に検査を受けられるような態勢をとるなどの具体的対策を講じる必要があることを認識させるものであった。ウイルス学的には,顕性感染と不顕性感染の間で感染によって獲得する抗N抗体価に統計学的有意差はなかった。また,ワクチンの接種回数で顕性感染と不顕性感染の出現率に差は認められなかった。これにより感染の事実を知る獲得抗体価を考えるとき,少なくとも抗N抗体に関する限り顕性感染と不顕性感染を特段区別する必要がないことが示唆された。