1934 年(昭和 9 年)室戸台風は、防災情報(警報)が定着していなかった社会を襲い、甚大な被害をもたらした。その反省から、明治期に始まった近代的な気象業務に初めての本格的な改革が施され、現在に至る防災気象情報システムの原点となった。この時、マス・メディアは<防災情報と避難>という、今日の防災で重要課題となっている論点について、どのように報じたのか。防災情報が豊かになりすぎたがゆえに様々な課題が生じている現在とは異なる時代における報道の視点を把握することは、防災情報に対する見方に固定化が指摘される今日のジャーナリズム活動を見直すうえで示唆に富むという問題意識に立って、当時の報道の内容分析を行った。報道で最重要議題(トップ・アジェンダ)に設定されたのは防災情報そのものの問題ではなく、受け手側への「気象知識の普及」だったことがわかり、室戸台風を、気象行政史の転機だけでなく、リスク・コミュニケーションの画期として再考する必要性が示された。当時のマス・メディアは知識普及に貢献した一方で、気象当局者に特権的正当性を付与したことで、防災情報は不確実性を伴うという本質から目をそらせることにつながった可能性がある。また、マス・メディアは、台風が<危険>から<リスク
>へ転換されたことに伴う警報議論を活発化させるフォーラム機能を果たしたが、論点は学校被害に限定され、避難に関する幅広い議論は喚起できなかった。