抄録
種子根をつけたイネの胚盤組織を, ニ培地法を用いて無菌的に培養した. ショ糖を胚盤に与えて根に供給し, 種子根から1/4濃度の MS無機塩類を吸収させた. 根の生体重と種子根長は, 培養期間が長くなるにつれて増加し, 培養根は3か月後でもなお正常に生長した. 培養3か月後の胚盤の微細構造を, 透過型電子顕微鏡を用いて観察し撮影した. 胚盤細胞の多くは, 培養3か月後でも正常であり, 核・プラスチド・ミ卜コンドリア・脂質粒・小胞体・ライボゾームなどの細胞内容物を含んでいた. 発芽2週間後の胚盤細胞に大型液胞が存在し, この時期すでに胚盤細胞の崩壊することが前報で観察されているが, このような液胞の形成は, 培養3か月後の多くの正常な胚盤細胞においては観察されない. 胚盤上皮細胞の先端部及び胚盤維管束付近の胚盤柔細胞内に, しばしば多層の粗面小胞体が観察された. また細胞質内に蛋白質性の結品構造が見られ, その格子間隔は約12nmと測定された. これらの事実は, 胚盤上皮細胞及び胚盤柔細胞において, 蛋白合成活性の高いことを示唆しており, 培養根の生長に対する合成酵素系の働きを推測させるものである. 以上の観察結果から, イネの発芽後期における胚盤細胞の劇的な崩壊は, 幼芽または胚乳あるいは両者の存在と関係する現象であり, 胚盤細胞自体に内在した要因にもとづくものではないと思われる. すなわち, 無菌培養など好適な外囲条件が与えられるならば, イネの胚盤細胞は長期間生存し, 3か月以上ものあいだ活発な生理機能を営みつづけるものと言うことができる.