抄録
水稲の移植に伴う植傷みの発現と回復過程について, 同一条件下で育成した非移植苗との比較により検討した。1) 移植に伴う断根率は乾物重で18%であったが, 外観的な葉身の萎凋は認められなかった。しかし, 移植後3日目頃までの葉身の含水率は非移植苗に比べて低く推移し, それに伴い葉身および分げつ芽の伸長速度は低下して植傷みが発現した。2) 移植に伴い地上部の生長が抑制されると, 非移植苗に比べて苗の炭水化物含有量および含有率が増加し, 窒素含有量および含有率は低下した。この苗体内の炭水化物の増加は, 主に全糖によるものであり, 地上部では茎>葉鞘>葉身の順に増加割合が大きかった。3) 移植後1日目の根の全糖の増加割合は地上部に比べて小さく, 同化産物の根への転流が一時的に抑制されたことが推定された。しかし, その後は根への乾物分配率が増加して, 地上部の生長抑制とは対照的に, 移植直後の発根数は非移植苗に比べて優った。4) 上述の植傷み発現に伴う苗体内の成分含有量 (率) の著しい変化は, 新根の発生・伸長による地上部の生長速度の回復とともに急速に非移植苗の値に収れんする傾向がみられた。5) 以上より, 水稲苗の移植に伴う地上部の一時的な生長の抑制は, 苗の炭水化物含有量を増加させて, それを新根の発生・伸長に優先的に分配して, 活着を促進させる意義を有しているものと考えられた。