2019 年 43 巻 3+ 号 p. 131-
色彩は造形芸術の基盤要素であり,美術・デザイン教育において様々な教授法が研究,実践されてきた.その進化のひとつの有り様として「手で探索し思考する色彩演習」を構想し,2011年から実践している.基本テーマは「色のデッサン」で,色を知覚する自分を観察し,視覚で捉えたクオリアを手で再現する演習,物理空間での質量を持つ物体としての色を触覚で経験し,視覚偏重から解放されたのちに視覚表現を構想しなおす演習などを重ねる.のびのびと表現する爽快感,目と手と心が一致する高揚感,気づきの愉しみ,自由の鍵となる知識という不自由への抵抗感,デジタル空間とは異なり意のままにならない重力場での判断など,成功体験も失敗体験もその時の感情と一緒に記憶することが重要である.制作課題はその仕掛けである.それぞれの成果物(履修生による課題作品)を最終的に本の形式にまとめることで個々の成果物が俯瞰でき,個別の制作時点では気づいていなかったことが経験と知識の積み重ねによって見えてくる.すると自身の成長も実感でき,達成感が今後の造形活動への意欲を増進させる.この傾向から,「手で探索し思考する色彩演習」の教育効果を評価できる.