抄録
研究目的
家庭科教育において主体的な生活者を育成するためには、生活のあらゆる場面において適切な価値判断と意思決定ができる能力を身につけさせることが必要である。またこの能力は全ての児童・生徒に必要な能力であり、特別な支援を必要とする児童・生徒も例外ではなく、障害の多様性をふまえながら育成することをめざしたい。
本研究者らは、調理学習が、意思決定能力育成を促進することを今までの研究において明らかにしてきた。
健常児については、調理学習における意思決定能力の中でも高次脳機能である今までに獲得した知識・技術を総合させ、最も適切な判断・決定のもとに行なわれている献立・調理実習時の「段取り」の能力に焦点を当て、授業実践、脳血流の測定の側面から実証を試み、概ねその効果を検証することができた。
特別な支援を必要とする児童・生徒については、まずC県の全数調査を行ない、家庭科の授業の内容や方法及び実施状況等の実態を把握した。そこから、家庭科及び家庭科関連学習が他教科に比べて多く実施されている、食生活の指導内容において特に児童・生徒による食品の選択学習が実施されていない、教師が提示した手順カード通りに実習することが一般的な学習方法になっており、子ども自身が選択した食材や自分の考えの手順で実習する機会が非常に少ない等、これまでの指導は教師によって準備・指導・訓練されることが多いことが明らかとなった。本研究者らは、学んだことが現在及び将来の個々の子どもの生活に活用できる力の育成を志向して、障害の状況に応じて、自らの意思で選択・決定する場面のある授業への転換、すなわち小さな意思決定を積み重ねて意思決定能力を育てる授業の提案を前報において報告した。
以上より本研究の目的は、調理実習時の意思決定プロセスの中で、「適切なものを選択する」プロセスに焦点をあて、特別な支援を必要とする児童・生徒を対象とした意思決定能力育成について、授業実践及び脳機能の側面から実証することを試みる。
研究方法
調査対象は、C県の公立小学校(T校)特別支援学級5,6年生7名(脳血流測定は3名)、調査期間は2013年2月~3月であった。調査方法は2回の家庭科授業の調理実習時における食材と調理の手順の選択状況をビデオと観察で記録すると同時に脳血流の測定を行なった。脳血流の測定は、対象児童が光イメージング脳機能測定装置fNIRSを装着して調理実習を行ない、実習時における全ての思考や活動時の前頭葉の脳血流を測定した。それらの結果を障害の種類や程度をふまえて分析・検討した。
研究結果
教師が、食材を自分で選択する意義や料理による選択の必要条件等を説明した上で選ばせると、対象児童は各自の理由からスープ及びフルーツサラダの食材を自分で選択することが出来た。さらに、その食材に合わせた調理法も、複数の中から適切なものを選択して実践することができた。これらの過程においては、障害の種類や程度によって、選択する時間や調理の手順において差異が認められたが、いずれも2回目の授業の方がよりスムーズに選択を行なうことができていた。これにより障害児においても調理実習時に選択の場面を位置づけることにより意思決定能力を育成する可能性が示唆された。 脳血流の測定から、食材の選択及びそれに合わせた調理法の選択において、他の調理実習の場面と比較して脳機能の活性化が認められた。今後はさらにデータを積み重ねて、障害の多様性をふまえた適切な意思決定能力育成について追究していきたい。