抄録
がんは昭和56年以降、わが国の死因の第1位を占め、毎年30万人を超す人が死亡しており、今や最大の医療上の課題となっている。2007年、がん対策基本法が施行され、それに基づいて、まず政府レベルで「がん対策推進基本計画」が策定され、その後、各都道府県でも基本計画が策定されるようになり、がん対策の枠組みができ上がりつつある。しかし、欧米の乳がん、子宮頸がん検診受診率が70%以上であるのに対し、日本では20~30%と受診率が低い現状にある。このため、基本計画の全体目標の一つであるがん死亡率20%減少の実現に向け、がん検診受診率の達成目標を当面50%とすることが掲げられた。
本研究では、がん検診受診率の向上により、がん全体で死亡率はどの程度減少するかについて、および2009年の部位別がん死亡数第1位である肺がんについて検討するため、必要な医療費としてのがん検診費用、一般診療医療費の試算を行った。また、検診率向上によりがん発見数も向上すると考えられるので、その際の医療費と、5年生存の場合の5年間の国民所得の増加額の試算を行った。その結果、がん検診受診率50%を達成したとしても、死亡率20%減少の実現には至らず、60%に引き上げる必要のあることがわかった。また、検診率向上によりがん発見数が増加し、早期発見に繋がると、医療費の節減効果が期待でき、5年生存者が増加するため、これらの生存者がすべて国民所得に寄与するものと仮定すると、国民所得も増加することが見込まれるが、受診率が50%に向上し発見がん数が0.1%であれば、国民所得から検診費用と早期発見医療費を減じた約16億円の増加が見込まれることが試算された。また、生存者のうち就労率が27%の場合、受診率50%、発見がん数が0.5%であれば、2億円の増加が見込まれると試算された。その際の検診費用は、ハイリスク対象者には、低線量CT検査を行ったものとした。また、早期発見に対しては胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術を実施するものとして、それに要する医療費を試算した。