2023 年 50 巻 5 号 p. 460-466
性差医療の概念は、米国における女性医療の見直しから始まった。日本では、1999年に、日本心臓病学会で、筆者によりGender-specific Medicine (性差医学) の概念が紹介された。生活習慣病は、食事や運動、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が深く関与し、それらが発症の要因となる疾患である。健康・不健康に寄与する因子は、大きく①Sex (生物学的な差) と②Gender (心理社会的ないしは文化の差) に分けられる。食事、運動、休養、喫煙、飲酒などの因子はGenderの領域でよく議論されるが、生活習慣病により大きく寄与している因子はSex (性ホルモンのレベルの個人内、個人間、男女間での差) である。エストロゲンの欠落に始まる変化は、まず健診のデータに現れる。平成14年度~18年度にかけて、千葉県が成人検診対象者について行った事業では、35歳以上の男女合わせて延べ366,862人のデータが集まり、肥満度、血圧、脂質 (総コレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪)、肝機能 (ALT、γ-GTP)、クレアチニンで明らかな性別・年齢別変化 (ことに女性における更年期年齢における変化) が認められている。エストロゲン受容体にはαとβの2種類があり、1966年にエストロゲン受容体ERαが、1996年にエストロゲン受容体ERβが発見された。ERαは乳腺・子宮等の女性の生殖に関わる臓器に主として分布しているのに対し、ERβは男女を問わず全身に広く分布しており、より広範な生理的意義を有している。エストロゲンは、血中脂質代謝の改善、血管内皮細胞からのNO合成酵素の活性化、抗酸化作用などの抗動脈硬化作用を有し、インスリン作用や心臓の保護効果も報告されている。ERβはERαに比べ脳での発現量が多いことも知られている。認知をつかさどる海馬にも存在する。人生100年、男女のライフサイクルと性ホルモンの関係を熟知することにより、生活習慣病予防指導の効果が上がることは間違いないと考える。