2022 年 6 巻 1 号 p. 61-74
2050年までに身体・脳・空間・時間の制約から解放された社会を実現するムーンショット目標1の研究開発が進められている。少子高齢化による労働生産性を向上するためや、災害などに強靭な生産性の維持、非効率ではあるが、安全・安心でゆとりのある生活が可能な未来社会を実現するために、実空間と仮想空間の両方をうまく使いこなすことができるサイバネティック・アバター(CA)と呼ぶアバターやロボットを研究開発する。仮想空間のCGアバターだけではなく、実空間のロボットやアバターのCAを遠隔操作することよって、人が身体的・認知・知覚能力を拡張・強化する。現在、一人の遠隔操作者が1体のロボットやアバターを動かすことが主流であるが、ムーンショット目標1では、遠隔操作者一人で複数体のCAを動かすことや、複数人の遠隔操作者で1体のCAを動かすことに着目する。このCAによる人間の能力拡張や強化が社会に受け入れられれば、誰もが社会活動に参画できるようになり、多様性を尊重するインクルーシブな社会の実現と経済の活性化に貢献できる。そのために、能力拡張・強化によって生まれる新たな格差を解消する技術課題や倫理、法制度などに関する制度課題も解決していく必要がある。複数体のCAを遠隔操作するためのコア技術の開発だけでなく、それが生体に及ぼす影響などの利用者の立場に立った研究開発も重要になる。セキュリティ対策では、CAのなりすまし・乗っ取り・技能模倣などに対処していける安全・安心を確保するための研究開発・制度課題がある。遠隔操作で、ジッタ(信号の時間的ずれや揺らぎ)や通信遅延・不通が起きた場合でも信頼性を確保するための研究開発・制度課題もある。メタバースの動向を見ても、一人1体のアバターを操作することが主流であるが、仮想空間に対して、まだ合意されたメタバースの定義はなく、現実的には、ヘッドマウントディスプレイを被る場合のメリットとデメリット(不快感や酔いなど)との妥協点が明確になっていないために、標準化の方向性が決まっていない。CAの開発でも、社会的、政治的、組織的な要因を考慮して、国際的な社会合意システムを形成し、多くの潜在利用者に事前に体験して制度的課題を解決していく「場」の形成が必要である。このような点を踏まえて、本解説では、ムーンショット目標1で開発中のCAにおける実・仮想空間CA基盤を概説し、将来の仮想空間の役割について議論する。