2011 年 2011 巻 23 号 p. 100-120
本稿は、施設外の人々による食事の布施(ダーナ)に支えられているスリランカの慈善型老人ホームの事例を通して、従来の上座部仏教社会における慈善贈与的なダーナの理解を拡充するものである。老人ホームでのダーナ実践をめぐって生成する社会関係とその揺らぎは、出家者の聖性を関係構成における一義的な要素として扱ってきた従来の見解に対して、倫理作法や美的感覚を内包したダーナのもつ遂行的なはたらきを示唆するものである。また入居者にとってのダーナ実践の意味の広がりは、ダーナの受け手であっても容易に積徳行為の主体へと移ろう様を開示しており、これは1個人や一対を描写の単位としてきた従来の見方では捉えきれなかった側面である。上座部仏教社会におけるダーナ実践は、功徳の源泉として僧侶のみを措定する聖なる贈与に留まらず、慈善という文脈においても新たな関係性を創出しうる柔軟な形式をもった実践だといえる。