抄録
本研究は,発達の多重時間スケールの議論を土台として,乳児の寝返り動作の発達研究の延長線上に成人の寝返り動作の多様性を位置づけることを目的とした。そのため,スタティックな観点から捉えられていた成人の寝返り動作の個人間の多様性を,固有のダイナミクスとして捉え,教示により動作の制約を加えることで実験中に生じる微視的発生プロセスの分析を行った。実験には健常な成人男性26名が参加した。1セット目では特に動作の指定を行わず,実験参加者が楽なように寝返りをしてもらい,2~4セット目では教示により,腕を振り出す動作,膝を立て床を蹴る動作,脚を振り出す動作,それぞれが先行するように動作を制約した。5セット目では動作を指定せず,改めて実験参加者が楽なように寝返りを行ってもらった。結果,次のことが示された。a)1セットのパフォーマンスと2~4セットパフォーマンスの相関は教示によって異なること,b)実験参加者の多くは1セットと5セットの間に有意なパフォーマンスの変化が認められたが,有意な変化のない実験参加者もいた。ここから次のことが示唆された。a)それぞれの固有のダイナミクスに応じた運動の調整は,動作の制約により異なること,b)固有のダイナミクスの安定性にはそれぞれ違いがある。最後に,以上の結果と先行研究の知見を総合し,乳児期から成人までの寝返り動作の発達プロセスの大筋の素描を試みた。