この研究は日本の1980年から1997年の医薬品産業全体のデータを使用して、医薬品需要量の決定要因を推定した。需要量の薬価弾力性と市場販売価格弾力性を区別して推定し、医薬品需要量は市場販売価格に対して弾力的であると共に、さらに薬価に対する弾力性も-0.61であったことを示した。これは1980年以降の薬価低下政策が医薬品需要量を増加させるように作用して、政策担当者の意図に反した医薬品支出額増大のあったことを意昧する。さらに推定結果を利用してシミュレーションを行った結果、1992年以降の需要量減少が構造的であることが示され、同年に行われた薬価政策変更の影響の大きさが推定された。さらに1997年以来、議論されている薬価制度改革のもたらす経済的帰結を予測、評価した。そこでは、政策内容を「需要量の薬価弾力性」、「薬価低下率」、「市場販売価格低下率」の組合せによって表現し、薬価制度改革が2005年までの将来にわたって需要量、医薬品売上額、生産者余剰、薬価差益、薬価比率にどのような影響を与えるかについて定量的な予測を行った。この結果、政策の経済的帰結の予測と評価が可能となった。例えば薬価水準が需要量に影響を与えないような政策がとられた場合、市場価格の低下が需要量を増大させるが、生産者余剰、市場販売価格表示の売上額は停滞すること、他方、薬価表示の売上額は減少すること等が数値によって予測された。このとき薬剤費抑制という政策担当者の意図は実現されるが、製薬企業・卸業者の利益は停滞すること、市場販売価格が薬価を上回り、その差額が患者負担となる可能性が増大することなどが示された。