薬史学雑誌
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伊藤圭介日記に見る圭介と柴田承桂 , 永坂周(石埭)との交流
杉村 啓治
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2024 年 59 巻 2 号 p. 200-207

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抄録
目的:尾張藩医出身の伊藤圭介(1803-1901)は東京大学教授・我が国最初の理学博士・男爵であった.彼は小石川植物園勤務の植物学者であり,また蘭方医であった.圭介とその三男伊藤謙三郎(1851-1879)と,同郷出身者である柴田承桂(1849-1910)および実兄永坂周・石埭(1845-1924)との交流の実態を『伊藤圭介日記』明治 6 年~14 年(1873-1881)から解明する. 方法:使用史料は『伊藤圭介日記』(明治 6 年~14 年)である.その中の関係部分を全て手稿より解読して親密な交友関係の実態を明らかにする. 結果:圭介と尾張藩医時代から知り合いの医者永坂周二の息子である兄永坂周と弟柴田承桂の両者と,圭介および三男謙三郎を含めた四者は公私共々親密な関係にあり,圭介日記からその具体的な交流の実態を示すことができた. 結論:圭介・謙三郎・柴田・永坂の 4 人を結び付ける内容は(1)尾張藩名古屋出身者(2)東京大学関係者(3)医薬の専門家(4)在京者として東京で交流というもので,日常的にも圭介宅(本郷真砂町 14 番地)を訪問し,圭介のリウマチや謙三郎の病気治療にも尽力する親密な関係にあった.圭介の墓碑文(東京谷中墓地)は親しい関係の永坂周(石埭)が書いた.
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