抄録
温帯性落葉木本性植物における休眠現象は,相関休眠,自発休眠,他発休眠という 3 つの異なるステージからなる複雑な現象である.自発休眠状態にある植物は他の休眠状態のものとは異なり,好適環境下でも生長を再開することができない.自発休眠中から他発休眠への移行には一定量の低温遭遇が必要であり,このため低温により発現が異なる遺伝子は自発休眠を制御する内的要因の候補遺伝子と考えられる.そこで本研究では,ウメ(Prunus mume Sieb. et Zucc.)の自発休眠を制御する遺伝子を探索するため,3 つの異なる休眠ステージにおけるウメの葉芽および花芽の遺伝子発現パターンを 454-パイロシークエンシングを用いて調査した.また,自発休眠中の新梢を採取し,低温あるいは非低温処理を施した後の休眠芽も供試した.シークエンスの結果,485,376 個のリードが得られ,それらから 28,382 個のコンティグおよび 85,247 個のシングルトンを得た.これらのコンティグおよびシングルトンに対し NCBI の非冗長タンパク質/塩基配列データベースを用いた BLAST による相同性検索を行い,全体の 41.7%である 47,401 個の配列にアノテーションをつけた.これらの中でもデータベース上に登録されている Prunus 属の配列と高い相同性を示したものはわずか 2,530 個のみであり,他の植物種の既知遺伝子と高い相同性を示した残りの 44,871 個の配列は Prunus 属では新規の遺伝子であった.また,遺伝子オントロジーによる機能分類の結果,本研究で得られた配列は比較的広い範囲の生物学的プロセスで機能しているものであることが示唆された.さらに,自発休眠芽で 454 リード数が有意に増加する遺伝子を探索した結果,葉芽では 74 個,花芽では 82 個の遺伝子が相関休眠から自発休眠にかけてリード数が有意に増加しており,これらの約 3 分の 1 である 21 個および 25 個の遺伝子は自発休眠から他発休眠にかけてリード数が有意に減少していた.これら,自発休眠中にリード数が増加する遺伝子には P. mume DORMANCY-ASSOCIATED MADS 遺伝子(PmDAMs)が含まれていた.本研究で得られた EST データから,今後の Prunus 属果樹類における休眠研究のため,データベース「Japanese apricot dormant bud EST database」(http://bioinf.mind.meiji.ac.jp/JADB)を構築した.