スポーツ社会学研究
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文明化の過程における日本武道についての試論
中嶋 哲也
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2024 年 32 巻 1 号 p. 5-23

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抄録
 筆者に与えられた課題はスポーツと暴力をめぐる問題を武道に照準を合わせて論じることである。そこで本稿はノルベルト・エリアスの社会理論、特に文明化、自己抑制、そしてスポーツ化の議論にこの課題を位置づける。
 日本を事例に文明化を検討する時、注目されるのは近世初頭、明治維新、そしてGHQ の占領期の3 期であろう。近世初頭は豊臣秀吉の刀狩りから1680 年に将軍に就任する徳川綱吉の生類憐み政策の時代までである。この時期、幕府による暴力独占には様々な政策が関与するわけだが、暴力独占の主体である武士の横暴をどう抑制するのかは焦眉の課題であった。そうしたなか、武士を自己抑制へと向かわせたのが新陰流だった。人を斬らず、斬られないことを旨とする新陰流の無刀の教えにはそれを実現するために感情の起伏を自己抑制することが要請されたのである。稽古という限定的な空間ではあるが暴力の一時的な解消が成される時に、彼らは自己抑制の端緒を手にしたのである。
 明治維新期には士族の義勇兵が政府の徴兵制軍隊に対立する。しかし日清戦争で義勇兵が禁じられ徴兵軍が勝利をおさめることで、士族のアイデンティティが揺らぐことになる。そこで士族の名誉を回復しつつ、武道を天皇制国家に統合するため大日本武徳会が成立する。また同時期には教育界において嘉納治五郎が柔道の講道館を設立する。武徳会も講道館も実戦性を手放していなかったが、大正期以降、学生武道を中心にエリアス的な意味でのスポーツ化が起きる。さらに、GHQ の占領期以降、武道はスポーツとしての復活を余儀なくされるが、こうしたなか武道の実戦性は後退し、エリアス的な意味でのスポーツ化が進展した。
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