保健医療科学
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職場における未知の中毒発生事例から今後の環境リスク対応を考える
上島 通浩 柴田 英治
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2018 年 67 巻 3 号 p. 282-291

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抄録

化学物質による中毒の歴史は対策の後追いの歴史である.本稿では環境リスクへの対応の観点から,未知の毒性による職業病としての中毒性疾患予防のために何が必要か,有機溶剤中毒事例を中心に考察する.

1950年代の慢性ベンゼン中毒多発によるベンゼンの規制により,1960年代にはより安全と考えられたノルマルヘキサンに溶剤が転換され,当時は未知の毒性であった末梢神経障害が多発した.その背景には,エネルギー革命に伴うノルマルヘキサンの大量供給があった.

1995年には韓国の電子部品工場で,洗浄用溶剤の切り替え後に生殖機能障害や造血器障害が多発した.新しい洗浄剤の主成分は2-ブロモプロパンで,当時その毒性は未知であった.この中毒発生の背景には,地球のオゾン層保護のためオゾン破壊係数の小さい洗浄剤の必要性があった.また,1990年代半ば以降,トリクロロエチレンによる典型的な急性・慢性中毒とは異なる過敏症症候群が,中国南部で多発するようになった.その背景には2-ブロモプロパンによる中毒発生と同様に,オゾン破壊係数の小さいトリクロロエチレンの大量使用があった.

2012年には,校正印刷を行う職場での胆管がんの多発が社会問題になった.1,2-ジクロロプロパンまたはジクロロメタンに長期間,高濃度曝露することにより発症しうると結論されたが,曝露量が多くなった背景には,1,2-ジクロロプロパンを使用する事業場で作業環境測定や有機溶剤健康診断の実施義務が課されていなかったことがある.

有機溶剤中毒とは異なるが,今世紀になって2-エチル-1-ヘキサノールの室内濃度が高く,シックビル症状を引き起こす部屋の存在が知られるようになった.プラスチック製の床材がセメントコンクリートに直接接着された部屋では,プラスチック可塑剤等が加水分解して2-エチル-1-ヘキサノールが生成・放散することが解明された.

今日では法が規定する化学物質管理は充実してきているが,法制定以前から使われている既存化学物質については,未知の毒性がある可能性をふまえた曝露管理が必要である.予期しない物質に曝露される問題の解決には,医学と工学の連携が必要であり,将来に向けて,大学工学部において化学物質の健康影響に関する教育をより充実させることを提唱したい.また,労働衛生管理が不十分になりがちな国々での職業性中毒の発生状況にも注意を配る必要がある.

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© 2018 国立保健医療科学院
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