抄録
【目的】雄ウシの低繁殖性は多大な経済的損失を与えるだけでなく,系統維持を脅かす深刻な要因である。本研究では雄ウシの低繁殖性の原因を解明する目的で,人工授精による受胎試験等での成績が不良であった個体(低繁殖能力雄ウシ)から採取し作製した凍結精子の運動性,鞭毛運動の制御に関与するPKAの活性,およびキャパシテーション・先体反応の進行状態を調べた。【方法】8頭の低繁殖能力ウシおよび4頭の正常繁殖能力ウシ(対照区)由来の凍結精子を融解,洗浄した後CaCl2含有または不含のBO-Hepes液に再浮遊した。次いで洗浄後の精子における運動性を顕微鏡下で観察するとともに,CTC染色法に従ってキャパシテーション・先体反応の進行状態を判定した。さらにPKA活性を調べる目的で,精子浮遊液にcBiMPS(細胞透過性cAMPアナログ)を添加して38.5°Cで3時間インキュベートし,精子内のセリン/スレオニンリン酸化PKA基質タンパク質をSDS-PAGE・ウエスタンブロッティング法により検出し,検出像をデンシトメーターで解析した。【結果】洗浄後の精子での前進運動率は,正常繁殖能力の対照区と比較して4頭の低繁殖能力ウシで有意に低かった。cAMPアナログ処理後の精子リン酸化PKA基質タンパク質の相対検出量については,前進運動率の低かった低繁殖能力ウシで対照区より低い値を示した。一方CaCl2不含の培養液を用いた実験において,CTC染色法で得られた結果より,4頭の低繁殖能力ウシではキャパシテーション過程にある精子の割合が対照区よりも有意に高かった。またそれらのウシでは,培養液にCaCl2を加えたところ,対照区よりも未キャパシテーション精子率が有意に低く,先体反応精子率が有意に高い値であった。以上の結果より, PKAの低活性による低前進運動性および時期尚早なキャパシテーション・先体反応の進行が雄ウシの低繁殖性の一因であると推定される。