抄録
【背景と目的】原爆被爆者の腫瘍発症に関する分子異常と機構の解明を目標としている。我々は放射線誘発甲状腺癌にRET遺伝子増幅を見出した。甲状腺乳頭癌でのRET遺伝子増幅は新規異常であり遺伝子不安定性に基づく現象と推察する。乳癌と放射線との因果関係はよく知られている。本研究では被爆者乳癌でのHER2,C-MYC遺伝子増幅と被爆との関係を解析した。【対象と方法】1961-1999年に病理診断された乳癌を対象とし被爆情報とリンケージを行った。病理標本を収集し新「取り扱い規約」に準じ再検討した。パラフィン切片 を用い,HER2,C-MYC増幅のためのFISH解析とHER2, ホルモン受容体発現のための免疫染色を行った。罹患率, 病理学的因子, HER2, C-MYC, ホルモン受容体発現と被爆距離との相関を解析した。【結果】593例の被爆者乳癌を抽出した。粗罹患率は54.1/10万人・年で近距離被爆との間に有意な相関(RR: 1.472, 95% CI: 1.304-1.663)がみられた。近距離群(1.5km以下、n=35)では遠距離群(1.5km以上,n=32)や非被爆者群(n=30)に比し,HER2とC-MYC遺伝子増幅頻度が有意に高率であった。共遺伝子増幅頻度はさらに高率で、多変量解析による3群間比較でのRRは22.923であった。組織異型度因子中、核の大きさと分裂像は近距離群で有意に高度であり、遺伝子増幅と相関した。【考察と結語】近距離群でのHER-2及びC-MYC遺伝子増幅頻度の亢進は、原爆放射線被曝の関与を示唆している。一般的に固形癌での癌原遺伝子増幅は高悪性度群で観察され遺伝子不安定性と関連する。近距離群では放射線被曝後障害としての遺伝子不安定性が比較的高度で、結果として遺伝子増幅頻度と組織学的悪性度が亢進しているのかもしれない。