2015 年 30 巻 p. 22-31
【目的】リゾフォスファチジン酸(LPA)は細胞膜受容体を介して多様な生理機能に関与する脂質メディエーターであり,主に酵素オートタキシン(ATX)により産生される。妊娠高血圧症候群(PIH)では,正常妊娠と比較して胎盤におけるATX産生が有意に低下することを我々は過去に報告した。本研究ではATX産生低下の意義を調べるため,LPA受容体の一つであるLPAR3に着目した。LPAR3は,その欠損マウスにおいて着床遅延が生じることが報告されており,生殖分野への関与が示唆されている。我々は,LPAR3の胎盤における発現パターンを検討した。また絨毛細胞由来株にLPAR3を強制発現させた上でアゴニストによる刺激を行い,血管新生関連因子の発現を検討した。【方法】本研究は当院研究倫理委員会の承認の下,患者の同意を得て行った。免疫染色法によりヒト胎盤におけるATX,LPAR3の発現分布を確認した。絨毛細胞由来株HTR-8/SVneoにLPAR3を遺伝子導入し,強制発現されることを確認した。その上でLPAR3特異的アゴニストT13による刺激を行い,血管新生関連因子の発現を定量的PCR法を用いて同定した。【成績】ATXはすべての絨毛細胞に発現していたが,LPAR3の発現は分化したsyncytiotrophoblast,extra-villous trophoblastに限局していた。LPAR3を強制発現したHTR-8/SVneoをT13にて刺激すると,血管新生関連因子の中でCOX2,VEGF,IL8の発現が誘導された。【結論】ATX-LPA-LPAR3系は,分化した絨毛細胞における血管新生関連因子の発現を調節していることが示唆された。このことから,ATXの産生低下は胎盤局所の血管新生関連因子の発現低下を通じて妊娠初期の胎盤形成不全をもたらし,PIHの発症につながる可能性が示されたと考える。