抄録
Streptococcus mutansの幼児への感染はとくに母親を中心とした家庭内感染であり,ヒト口腔内には単一血清型菌が定着するとされてきた.しかし,母子の口腔から分離されるS.mzetansの血清型を,疫学的視点で詳しく調査した結果,優位を占めるS.mu-tans血清型が母子間で一致しない例,さらに複数血清型菌を保有する例が多く認められた.S.mutansのヒトあるいは実験動物の口腔内への定着には,多量で頻回の接種が必須であるとされているが,上述の所見は,他の様々な因子が複雑に関与していることを示唆している.本研究では,その一因子として,S.mutans自身を含めて類縁の菌種に抗菌的に作用するバクテリオシンに着目した.
複数の血清型S.mutansを保有する被験者から分離されたS.mutans株の中から選んだバクテリオシンを産生するSemutans株がこのバクテリオシンに感受性を示す他のS.mutans株の定着,感染にどのように影響するかを,invitroおよび動物実験により検討した.その結果,一たん定着したS.mutansは,以後の少数のS.mutansの定着をさまたげるが,バクテリオシン活性の高いS.mutansが感染した場合には条件次第で両菌が共存し,複数血清型のS.mutans保有の口腔が成立する可能性が示唆された.さらに口腔細菌叢が不安定と考えられる低年齢児においては,バクテリオシン活性の高いS.mu-tansが少数でも感染すれば,すでに口腔内に存在する&窺厩侃∫が駆逐され,パクテリオシン産生のS.mutansに置換される可能性が示唆された.