抄録
ニンジン不定胚形成過程において、胚形成能力を持つ細胞(embryogenic cells)は、細胞外に不定胚形成阻害因子である4-hydroxybenzyl alcohol(4HBA)を放出し、その結果高細胞密度下において不定胚形成は阻害される。4HBAは、不定胚形成の初期細胞増殖過程あるいはその前段階に作用して胚形成を阻害すると考えられるが、その詳細な作用機序は明らかになっていない。そこで本研究では、ニンジン不定胚発生に与える4HBAおよびその類縁化合物の効果を検証するため、これらの化合物を添加した固形培地上に、不定胚形成能を誘導したニンジン実生胚軸を置床し、不定胚形成の様子を観察した。4HBAおよびその類縁体であるvanillyl alcohol(VA)の投与は、予想に反して不定胚形成の減少をもたらさず、VAの添加ではむしろ不定胚形成が増加していた。現在、その他の類縁化合物についても同様の検討を行っている。次に、4HBAおよびVAが、不定胚形成にどのように作用しているかを知るため、組織学的観察および分子生物学的解析を行った。組織学的観察の結果、4HBAおよびVAは初期の細胞塊形成に対して抑制的であるが、その後の胚発達の過程に対しては促進的に作用しているように見られた。また胚発生時に発現する遺伝子の発現パターンの変化はこの観察結果を支持していた。これらの結果を踏まえ、4HBAおよびVAが不定胚形成に作用するメカニズムについて議論する。