抄録
大気中に放出される塩化メチル(CH3Cl)の最大の発生源が植物であることが明らかにされている.最近,シロイヌナズナから塩化メチル合成酵素遺伝子(HARMLESS TO OZONE LAYER, HOL)が同定された.この酵素は,ハロゲン化物イオン(Cl-, Br-, I-)や, それらに化学的性質の近いイオン(NCS-, HS-等)のメチル化を触媒していることが考えられるが,生理学的役割については未解明である.
HOL遺伝子の機能を明らかにするため,シロイヌナズナHOL遺伝子(AtHOL1)および相同遺伝子AtHOL2, AtHOL3について融合タンパク質を作成し,酵素化学的解析を行なった.その結果,各HOLタンパク質はS-adenosylmethionine依存的にCl-, Br-, I-, NCS-, HS-をメチル化する活性を持ち, AtHOL1およびAtHOL2は,特にNCS-に対する活性が高いことを明らかにした.さらに,シロイヌナズナのT-DNA挿入変異株(hol1, hol2, hol3)を用いて,これらの基質が生育に与える影響を解析した.その結果,培地に添加したKSCN (1 mM)に対してhol1変異体のみに生育阻害がみられた.また,NCS-のメチル化産物であるCH3SCNが,シロイヌナズナ野生株の傷処理により合成され,hol1変異体においてはその合成がほぼ消失したことを示した.NCS-は傷害によるグルコシノレイト分解によって生成され,CH3SCNは昆虫忌避作用や抗菌作用を有することが知られている.従って,AtHOL1がグルコシノレイト代謝や傷害応答に関与する可能性も示唆される.