抄録
窒素は植物にとって重要な栄養素で,実験室や耕作地での培養・栽培は,窒素大過剰条件下で行われることが多い.これに対し、我々は自然環境下で一般的な窒素制限条件下での遺伝子発現や生育に対する硝酸イオンの影響に興味を持って研究を進めている.ラン藻の場合,硝酸同化系遺伝子の発現は,窒素不足を反映する2-オキソグルタル酸の増加により誘導され,硝酸還元中間産物の亜硝酸イオンによって活性化される.亜硝酸イオンによる転写活性化はLysR型の転写因子NtcBが担っている.NtcBは窒素十分条件下では不必要だが、硝酸イオン制限条件下における硝酸イオンの獲得に重要であることがケモスタットを使った競合実験から明らかになった.一方,貧栄養湿地で成育するモウセンゴケ属植物のモウセンゴケ(Dr)とコモウセンゴケ(Ds)は硝酸イオン濃度5 mMの培地で枯死し,これらの種にとって過剰な硝酸イオンが有害であることがわかった.ところが両種の交雑に起源をもつトウカイコモウセンゴケ(Dt)は硝酸イオン濃度5 mMの培地で生育し,自生地の水質も,Dr自生地で硝酸イオン濃度がおおむね3 μM以下であるのに対し,Dt自生地では最大200 μMだった.このことから,近年のDtの増加とNOX降下による富栄養化との関連が示唆された.以上の事実は,低濃度領域の硝酸イオンが植物や藻類の遺伝子発現や生育を左右する重要因子であることを示している.