抄録
イネは約8000年にわたる栽培化および農業育種の過程により様々な遺伝的な変化を生じた。このうち花成時期の多様化は本来熱帯性の植物であるイネにおいて稲作地域の拡大や育種技術の発展に貢献した重要な形質の一つである。これまでの分子遺伝学的解析から、イネにおける短日条件下での花成誘導に関わる様々な因子が同定され、その制御機構に関する知見が多く蓄積されてきた。しかしその反面、栽培イネが品種間で示す多様な花成時期をもたらす分子的な原因については知見が乏しかった。そこで我々はこれまでに、64品種からなるイネコアコレクションを用い、花成時期の多様性をもたらす原因の同定を試みた。この結果、Hd3aの発現量と花成時期の間に品種間で強い相関関係があることを見出した。さらにイネ品種間でのHd3aの発現量の違いはその上流因子のHd1における塩基多型が主な原因である事を明らかにした。
この結果を踏まえ、我々は現在イネの祖先野生種(Oryza rufipogon)を用いた比較解析を行う事で、分子遺伝学的な観点から栽培化に伴う花成時期の多様化の変遷に注目している。これまでに代表的な祖先野生種におけるHd1のシークエンス解析を行った結果、栽培イネで見られたような機能欠損変異は見出されなかった。イネの栽培化過程において花成時期の多様化がどのような役割を果たしたのかを、これまでの報告とあわせて考察したい。