抄録
ミトコンドリア(mt)や葉緑体(cp)の母性遺伝は、ヒトをはじめとする動物から、植物、苔類、藻類、粘菌に至る様々な生物に共通する現象である。しかしその具体的な分子機構は今日に至るまで明らかでない。
緑藻クラミドモナスでは、雄cpDNAの分解により母性遺伝が引き起こされ、その過程は蛍光顕微鏡で容易にモニターすることが出来る。今回我々はクラミドモナスにおいて、母性遺伝変異体biparental(bp)31の単離に成功した。bp31では、接合子形成は正常であるが、雄cpDNAの分解、ペリクルの形成、接合胞子形成といった過程全般が完全に停止する。また、接合に伴う大規模なトランスクリプトーム変化が完全に失われてしまう。
原因遺伝子を探るべく解析したところ、bp31は12の予測遺伝子を含む60kbの領域を欠損していた。個々の遺伝子について、相同性、発現様式の解析、および相補実験を試みたところ、bp31は2つの雄配偶子特異的遺伝子を導入することにより相補されることが明らかになった。すなわち、接合子の生殖プログラムの引き金として機能するホメオボックス遺伝子GSP1とイノシトール代謝の鍵酵素であるイノシトールモノフォスファターゼである。
以上より、生殖プログラムと母性遺伝の密接なつながりが遺伝子レベルで示され、また接合過程におけるイノシトール代謝の重要性が明らかになった。