主催: 日本臨床薬理学会
【目的】統合失調症患者は喫煙率が高く、一時的に喫煙を中止しても再開する症例がある。喫煙は薬物動態に影響を与えるため、喫煙時と非喫煙時での薬物動態の変化を把握することが重要である。今回、治療抵抗性統合失調症治療薬のクロザピン(CLZ)錠を継続服用中に、喫煙と非喫煙を繰り返す症例を経験した。CLZは主にN-脱メチル体(NCLZ)、N-オキシド体(OCLZ)に代謝されるため、喫煙による代謝酵素誘導について確認する目的でCLZ、NCLZ、OCLZの血漿中濃度を測定した。
【方法】症例は約3年入退院中の成人男性患者。1日の喫煙本数6本、CLZの1日用量334±45.0 mg(平均±標準偏差)であった。血漿検体は、測定開始後1~79週(喫煙)の外来時に7点、80~84週(非喫煙)の入院時に2点、85~140週(喫煙:測定時の認識は非喫煙)の外来時に3点、141週以降(非喫煙)の入院時に2点、合計で喫煙時に10点、非喫煙時に4点を採取した。CLZ、NCLZ、OCLZの濃度はHPLCで測定し、CLZ濃度/1日用量(C/D)比、NCLZ/CLZ濃度(N/C)比、OCLZ/CLZ濃度(O/C)比を比較した。
【結果・考察】測定開始後1~79週(喫煙)のCLZ濃度は102±17 ng/mLであった。80週に喫煙を中止し、84週(非喫煙)には255 ng/mLへと増加した。しかし、90週では129 ng/mLと喫煙時と同程度に低下したため、服薬アドヒアランス不良または喫煙再開の可能性が示唆された。確認したところ、85週に喫煙を再開しており、90週は喫煙していた。再び喫煙を中止した141週以降(非喫煙)の平均CLZ濃度は458 ng/mLで、再び増加した。C/D比は非喫煙時0.81±0.31、喫煙時0.37±0.11と有意に減少し(0.46倍)、N/C比は非喫煙時0.30±0.07、喫煙時0.48±0.10と有意に増加し(1.61倍)、O/C比は非喫煙時0.26±0.06、喫煙時0.39±0.12と増加傾向が見られた(1.53倍)。
CLZは主にCYP1A2、CYP3A4によって代謝され、CYP1A2寄与率はOCLZよりNCLZの方が高いと報告されている。本症例では、喫煙によるCYP1A2誘導によってNCLZ、OCLZへの代謝は亢進したが、NCLZの方が大きく影響を受けることが示された。
【結論】喫煙時は非喫煙時と比較してCLZ濃度が減少し、喫煙によるNCLZ、OCLZへの代謝亢進が示された。また、CYP1A2寄与率の高いNCLZの方が、喫煙の影響が大きいことが示された。本症例では頻回な濃度測定を行い、CLZの薬物動態を把握したことで、患者の喫煙習慣の変化に気づくことができた。特に喫煙中止前後には注意深くモニタリングを行う必要がある。