主催: 日本臨床薬理学会
私は小児科医で、主に神経筋疾患の患者の診療に携わっている。従来、神経筋疾患に対する治療法はなかったが、近年になり疾患特異的な治療法が保険適用となり、急に薬剤を取り扱う立場となった。さらに、取り扱う薬剤が非常に高額であったため、医療経済とはこれまで縁がなかったが、費用対効果なるものを意識するようになった。本講演では、脊髄性筋萎縮症(Spinal muscular atrophy: SMA)という神経筋疾患の「高くて良く効く薬」の費用対効果について考え、皆様と議論したい。SMAはSMN1遺伝子異常によって発症する下位運動ニューロン病で、進行性の筋力低下を主症状とする。生直後から症状があり生存が困難な最重症型(0型)から、成人になり症状を認める成人型(4型)まで5つの臨床型に分類される。SMAの疾患特異的治療薬として2017年にスピンラザが発売されたことを皮切りに、2020年にはゾルゲンスマ、2021年にはエブリスディが発売され、3種類の薬剤が臨床で使用可能である。薬剤の投与方法や投与回数は様々であるが、どの薬剤も疾患自然歴を変える有効性が確認されている。患者一人当たりの年間薬剤費はスピンラザが約1,900~2,800万円、エブリスディが約2,500万円である。ゾルゲンスマは単回の静脈投与を行う遺伝子補充治療薬で、患者当たりの薬価は約1億6,000万円である。これらの高額な薬剤について、「値段に見合った効果があるか?」という問に答えるのは難しい。本邦ではSMAのような指定難病に対する薬剤は、費用対効果評価の対象からは除外される。ゾルゲンスマは著しく保険償還薬価が高いため評価対象となったが、長期有効性データの不足など不確実性が多いことから評価が中断となった。臨床では薬剤が生命予後、および患者QOLを改善している実感があるため、適切な医療経済的評価がなされ、薬剤の価値が説明されることが期待される。海外では、希少疾患に対する薬剤を対象とした費用対効果評価の特別な枠組みもあり、患者QOLや医療費だけでなく、イノベーションの大きさや介護負担が考慮されている。今後、臨床現場から出てくるデータが評価に用いられる可能性も大きく、臨床データ収集が重要となる。