2023 年 74 巻 2 号 p. 298-315
本研究は,女性解放運動が隆盛した1970-80年代において,雑誌を通じた女性の経済的・職業的自立と性に関する言説が,女性運動のめざす「性の解放」「個の解放」となったのかを明らかにする.先行研究は,女性誌が女性を既存の価値観から解放する点で一定の役割を果たしたが,理想像やロールモデルの提示によって女性の意識変容を促すことで,現実社会において周辺的役割に留め置かれる女性に閉塞感や焦燥感を抱かせるきっかけにもなったと指摘した.
本研究では1970-80年代において女性が中心的に編集を担い,日常生活に即した語りが数多くみられた雑誌『ビックリハウス』上で行われた,女性の経済的自立と自己の身体・性に対する語りの背景を検討した.その結果,『ビックリハウス』の女性編集者は,経済的に自立し,性についても自由に語ったものの,当時女性誌で隆盛した「キャリア・ウーマン」と,当時の日本社会において支配的な女性像であった「主婦」の双方から距離をとっていた.しかしそうした自己呈示は,男性編集者や男性読者によって投げかけられた,性的魅力がなく結婚できない女という像へと回収されてしまう.ここから本研究は,女性が多数を占める場における,性や個の解放に繋がりうる語りであっても,女性たちが理想やモデルを避けて語ることで,支配的な価値観が作り出した既存の像や生き方といった枠組みに収斂されてしまう実態を示す.