新型コロナウイルス感染症の拡大による人々の働き方に及ぼす影響は,国内外で研究が蓄積されている.先行研究では,男性に比べて女性が,正規雇用者よりも非正規雇用者や自営業者がより大きな影響を受けていたことが示されている.本稿ではこれらの知見を発展させるために,コロナ禍の拡大期と収束期において,脆弱な階層に及ぼした影響がその内部でどのように異なるのかを検討した.具体的には,就業形態や職業と学歴の違いが個人収入や生活状況にどのような影響を与えているかを,2021年と2023年に実施したインターネット調査に基づいて分析した.
分析の結果,主に以下の知見が得られた.第1に,男女によって収入の水準は異なるものの,正規雇用者の収入が上方,非正規雇用者の収入が下方,自営業者の収入は両者の間にあるという布置関係は,2時点でほぼ変化がみられなかった.第2に,コロナ前と比べて生活状況が悪化したと回答する可能性は,正規雇用者に比べて自営業者の方が高く,その傾向が継続していた.第3に,自営業間の比較に基づくと,専門・技術職は他の職業に比べると収入の優位性はあるものの,コロナ前よりも生活状況が悪化する可能性には職業間の顕著な違いがみられなかった.他方,高学歴であることによって生活が悪化する可能性は低いことがわかった.分析結果は,自営業層は特定の条件を満たす人々以外にとっては難しい働き方の選択肢になりうることを示唆している.
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延は,子ども,および子どもをケアする女性にさまざまな影響を与えたと同時に,子ども・子育てを支援する取り組みのあり方にも変化を迫るものであった.本稿では,首都圏自治体A における公立児童館,居場所づくりNPO法人,社会福祉協議会へのインタビュー調査で得られたデータにもとづき,異なる立場の支援者たちがどのように課題を認識し,対応したのかについて,複合的に検討する.
分析からは,COVID-19 蔓延がもたらしたネガティブな影響がある種の普遍性をもつものであった一方,運営方法の変化によりそれまで来られなかった利用者が来るようになるなど,ポジティブな側面もあったことが明らかになる.加えて,ケアをめぐる規範との関連で重要な知見が3つある.第1に,活動において消毒作業が大きなウエイトを占めることに対してある対象者がジレンマを吐露したが,これは「弱いケア」と「強いケア」の齟齬がもたらす葛藤と解釈できる.第2に,対象者たちが果たす「つなぎ役」の実践が,専門職によるアセスメントへの警戒感をもつ親に対しては重要であった.そうした親が専門職によるアセスメントを忌避する背景に,家族主義が強い日本社会における親役割規範があると考えられる.関連して第3に,こうした「つなぎ役」の実践は,専門職によるアセスメントが孕む問題をも解決しうるものと考えられる.
コロナ禍(下)での学校行事の実施やその方法は学校現場を悩ませてきた.本稿は,この学校行事に注目し,小中学校の学校生活がどうやって再構築されたのかを検討する.2020年度と21年度に行った学校調査のデータを用い,行事の中止状況にはどのような変化があったのか(RQ1)と行事中止率に影響を与える要因は何か(RQ2)の2つの問いを検討した.21年度に行事の多くは中止を回避されたが,元にも戻らなかった.各行事の中止傾向は2年間を通じてほぼ同じであり,儀式的行事が優先され,感染リスクが高い行事は中止されがちで,おおむね文部科学省の通知等の内容を反映するものであった.行事中止率に関するマルチレベル分析では,小中学校とも2020年度の方が都道府県レベルに有意な影響をもつ変数が多いことが判明した.2020年度には学校が所在する都道府県に独自の集合的な影響があったといえる.小学校段階で特徴的なのは「周りの学校との足並み重視」に中止率を上げる効果がみられることである.中学校段階にはこの変数の効果はみられず,小学校と中学校の意思決定プロセスに違いがあった可能性が示唆される.一方,両学校段階で共通にみられる要因に「教職員多忙化」と「保護者の学校活動参加」があった.前者は中止率を高め,後者は下げていた.平常時の保護者との関係性の有無で,行事実施をめぐるコロナ禍での対応に差が生じたと考えられる.
離婚は,特に女性の経済状況を大きく悪化させるため,ライフコースを通じた不平等生成の重要なメカニズムとされる.しかしながら,先行研究では既婚時と離婚後の経済状況を比較した離婚の平均的な効果にのみ焦点が当てられ,効果の異質性は明らかになっていない.既婚女性の夫への経済的依存の大きさ,所得再分配の貧弱さ,就業・家族によるセーフティネット機能の格差を特徴とする日本の制度的文脈においては,離婚の経済的帰結は低所得層ほど大きい可能性がある.そこで本稿では,所得分布の異なる位置において離婚が女性にもたらす負の経済的帰結がいかに異なるかを明らかにする.
消費生活に関するパネル調査(1994-2020年)のデータと分位点処置効果モデルを用いた分析の結果,女性の等価世帯所得に対する離婚の負の効果は低所得層ほど大きいことが示された.その背景の一つには,低所得層ほど有配偶時の夫への経済的依存が大きく,離婚による夫所得の喪失の相対的な影響が大きいことがある.所得再分配のバッファー効果は概して限定的であり,離別女性が経済状況を回復するのに有効な対処戦略は再婚と正規雇用就業に限られる.以上の結果は,日本社会における強固な性別役割分業とそれを前提にした生活保障システムにより,離婚が単に既婚者と比べた離別者の平均的な不利を生み出すだけでなく,もともと不利な女性が一層不利になる不利の累積の契機となっていることを示唆する.
本稿の目的は,「考え,議論する道徳」の授業をエスノメソドロジー・会話分析の立場から相互行為分析することにより,一斉授業で熟議を実現するための技法を一部明らかにすることである.
対象を熟議の核となる「対立意見の突き合わせ」場面に絞り分析した結果,以下の技法群が明らかになった.
第1に,児童の意見を定式化したあとに「発問タグ」を付加する「定式化+ QT」というフィードバック形式が,次の意見を「定式化された意見についての意見」に制限することを可能にする.
第2に,「X に対してどうか?」などの「対論喚起型 QT」により,その定式化された意見についての意見をさらに「対立意見」へと制限することができる.
第3に,「“つぶやき” への言及」もまた,かつより強力な意見の制限を可能にする.すなわち,次の意見をつぶやきの内容へと制限する.
第4に,次の意見を制限するための重要な資源である “つぶやき” は,「定式化+ QT」のいずれか,または両方の要素を「挑発」的に組み立てることによって引き出すことができる.
第5に,「定式化+ QT」の定式化パートを「融合」や「累積」のかたちで組織化することにより,引き出された対立意見を学級規模のより大きな対立図式に位置づけることができる.
以上の知見は,授業における定式化の新たな運用技法を明らかにしたものであり,また学校教育で熟議を実現するための実践内在的な方法知を提供するものである.
本研究は,女性解放運動が隆盛した1970-80年代において,雑誌を通じた女性の経済的・職業的自立と性に関する言説が,女性運動のめざす「性の解放」「個の解放」となったのかを明らかにする.先行研究は,女性誌が女性を既存の価値観から解放する点で一定の役割を果たしたが,理想像やロールモデルの提示によって女性の意識変容を促すことで,現実社会において周辺的役割に留め置かれる女性に閉塞感や焦燥感を抱かせるきっかけにもなったと指摘した.
本研究では1970-80年代において女性が中心的に編集を担い,日常生活に即した語りが数多くみられた雑誌『ビックリハウス』上で行われた,女性の経済的自立と自己の身体・性に対する語りの背景を検討した.その結果,『ビックリハウス』の女性編集者は,経済的に自立し,性についても自由に語ったものの,当時女性誌で隆盛した「キャリア・ウーマン」と,当時の日本社会において支配的な女性像であった「主婦」の双方から距離をとっていた.しかしそうした自己呈示は,男性編集者や男性読者によって投げかけられた,性的魅力がなく結婚できない女という像へと回収されてしまう.ここから本研究は,女性が多数を占める場における,性や個の解放に繋がりうる語りであっても,女性たちが理想やモデルを避けて語ることで,支配的な価値観が作り出した既存の像や生き方といった枠組みに収斂されてしまう実態を示す.
都市で暮らす人々の生活は,「不利の集積」などの居住地の社会環境にさまざまな影響を受けている.本稿が着目するのは,「住民が自らの居住地に対して抱く感情的な絆の強さ」である地域への愛着である.地域への愛着が個人的な要因だけでなく居住地的な要因にも影響を受けるとすれば,それはどのような要因だろうか.本稿では社会解体論に基づいた分析枠組みにより,地域への愛着の規定要因を定量的に明らかにする.本稿が用いるデータは,名古屋市における50の学区の調査から得られたものであり,分析にあたっては居住地レベルの変数を含めたマルチレベル分析を用いた.分析の結果として,不利の集積度が高い地域に居住する人々は地域への愛着が低い傾向にあるということが明らかになった.地域の荒廃度が地域への愛着に影響していることは確認できなかった.その一方で,集合的効力感の平均値が高い地域に居住する人々は,移動人口比率などの変数を統制した場合には,地域への愛着が高い傾向にあることが明らかになった.本研究の結果は,Wilson-Sampson の社会解体論に基づく分析モデルとある程度整合するものである.しかしながら,不利の集積度が高い地域で移動人口比率が低いなど,分析モデルと分析結果には整合しない部分もある.本稿では名古屋市の社会空間構造を踏まえた分析結果の解釈を行う.