2025 年 76 巻 2 号 p. 212-229
1920-30年代は,それまで大人を主な利用者として想定してきた日本の公園にとって,児童が利用者として位置づけられはじめる画期である.この時期の東京では,全国に先駆けて児童公園の設置と児童指導員の派遣が行われた.本稿は,「子ども・児童」というカテゴリーが新しく公園利用者として位置づけられた際の問題構成を明らかにする.先行研究は,子どもの安全をめぐり,大人が絶えず責任と配慮を担わなければならないという視点と,「より健全な教育」を子どもに与えようと主張する「大人たち」が用いたレトリックを捉える視点を提起してきた.本稿はこの視点にのっとり,児童公園の新設とその管理の改善を訴える専門家たちのレトリックを収集し分析を行う.分析の結果,児童が公園利用者として位置づけられる際には,都市空間の問題と児童教育とかかわる問題があったことを整理する.そして児童が被害者となる交通事故を防ぐだけでなく,生産活動を行う車両の円滑な交通を実現し,管理されない遊戯による児童の「不良少年」化を防ぐことで,児童の将来の自立可能性を高める意図があったとまとめる.児童公園の管理は,偶発的な危険に対処するために管理の部分的な失敗を織り込みながら展開していく.本稿は,安全と自由というトレードオフのなかで公共空間に働く「統治技法」を研究するために,管理の失敗とその対処に注目するという,視座と方法を提起するものである.