社会学評論
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知識社会学の課題
河村 望
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1990 年 40 巻 4 号 p. 431-445

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抄録

日本では、社会科学は西欧からの輸入科学として、主として帝国大学のなかで成立、発展してきた。社会学も、官学アカデミズムのなかで、国家学の亜種として形成されていった。したがって、市民社会の自己認識の学としての社会学の批判性は、当初から希薄であった。そのなかで、清水幾太郎氏は、マルクス主義の立場から日本で最初にブルジョア社会学を批判した人であり、マルクス主義者から転向したのちも、アメリカ社会学、社会心理学の方法を取り入れ、戦後の日本を代表する社会学者になった。
本稿はその清水氏の追悼論文であるが、ここでは主として、清水氏がマルクスおよびミードの学説を、経験的世界における生命活動、実践の見地からとらえていないこと、したがって、きわめて客観主義的にかれらの理論をとらえていることを問題にしていった。清水氏がマルクスおよびマルクス主義を理解しえなかったことは、すでに繰り返し指摘されているが、清水氏のマルクスにたいする誤解が、そのままミードにたいする氏の誤解につながっていることは、本稿において初めて明らかにされることであろう。
このような事実は、清水社会学の社会学という問題だけでなく、広く日本における知識社会学の問題をも提示している。日本にあっては、人間解放の理論も、プラグマティズムも、抽象的一般理論として受けとめられ、論じられてきたのである。

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