抄録
鳥蟲書は、春秋戦国時代に中国大陸南方で使われた装飾書体である。特徴として、字画の一部を変形して紋様のような装飾性を備えていること、また、字画の他に部品や紋様化した鳥や動物の姿が文字の一部に加えられていることが挙げられるが、一目で字種を判別し難い場合が極めて多く、読みやすさはほとんどない。 文字を使った造形表現は、言葉に対してどのような造形と印象を持たせるかということに注意が向けられる場合が多い。鳥蟲書は文字の判別性を欠いているために、一般的には文字の意味内容を軽んじた中身のないデザインであると評価されている。しかし、鳥蟲書が使用される状況においてはそもそも伝達される内容が形骸化しており、こういった状況から、鳥蟲書の外形は判別性を離れて大胆に変形され、極めて独特な印象を備えるに至った。鳥蟲書の他にも、文字による造形表現の中には、言葉の意味よりも文字の形態が伝える視覚的な印象が重視され、造形が文字の判別性を凌駕している場合がある。これらの例は、言語記号として、造形に言葉の意味との関係性を与えるだけではなく、文字の形状・構造の特徴が文字造形の可能性を広げる効果を示唆していると考えられる。